2016/05/18

映画メモ。(必見の2本)



ここ数週間、バイト→呑み会→(少し空いて)バイト・バイト・バイト→呑み会……といった日々が続き、心身共に余裕がなくブログは滞り気味(単なる言い訳ですが)。
でも、DVDも含め映画はちょくちょく観ている……というわけで、劇場で観たこの2本をサラッと。(本当はサラッと書くような映画ではないけど)

◎『スポットライト 世紀のスクープ』(監督:トム・マッカーシー/製作国:アメリカ)
鑑賞日は4月25日、隣駅のTジョイで。
ボストン地域のカトリック教会神父による児童への性的虐待の実態を暴くために、それを隠蔽する巨大権力「カトリック教会」に挑む「ボストン・グローブ」の記者たちの闘いを実話に基づいて描いた話題作(本年度アカデミー賞作品賞・脚本賞W受賞作品)だが、月曜の真っ昼間のせいか館内はガラガラ。だが、その空席の多さが“もったいない!”と思えるほど、片時も目を離せない見応え十分の128分間だった。(なのに、どこからか寝息が聞こえる昼間の映画館。飲んだら乗るな、寝るなら観るな!)
淡々とした展開ながら、「世紀のスクープ」に人生を賭けた人々によって醸し出されるその緊迫感は、まさに緻密に練り上げられた「脚本力」の賜物。本作のテーマとなる不屈のジャーナリズム精神を讃えるハリウッドもアメリカもまだまだ捨てたものではない。と改めて思った。
それに比して、権力にものを言えない何処かのメディアの体たらく……「権力を監視するとはこういうことだ!」と、期せずして日本社会に一喝を食らわす映画にもなった気がする。
(鑑賞日の前日、大学教授だった友人2人の「退職祝い」を兼ねた酒宴があり、呑みすぎ&喋り過ぎで頭の中がモヤっとしていたが、この映画を観た後は少しシャキッとした感じ)

◎『レヴェナント 蘇えりし者』(監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/製作国:アメリカ)
鑑賞日は5月10日、“小屋”は滅多に行かない「ユナイテッドシネマ豊島園」。(上映開始1450分、観客は2030人程度)
「いやあ、凄いモノを見ちゃったなあ~」が、観終えた後の第一声……『スポットライト 世紀のスクープ』が脚本とテーマ主導の秀作とすれば、こちらは大自然の厳しさ、美しさ、残酷さを、圧倒的な映像力とスケールで描いた超の字が付く力作。
映画の舞台は西部開拓時代の原野。その未開の地に分け入った探索隊にガイドとして雇われた実在のハンター、ヒュー・グラスの過酷な道程に寄り添う2時間37分……時に闇を柿色に染める松明の炎に目を奪われ、時に河の流れの激しさとその長さに慄き、時に痛覚が覚醒するようなシーンの連続にワナワナしながら、驚くべき生命力と精神力で生き延びた一人の男の魂の浄化を描いた人間ドラマに見入った。(大括りのテーマは「信仰(の危機)」か?「神への懐疑」を象徴するように、度々夢のシーンに崩れかけた教会が現れる)

2時間半の長尺ながら、その長さを感じさせないのは、当然ながら優れた脚本と演出、そして傑出したカメラワークの賜物(雄大な自然を精緻に捉える長回しのカット。とりわけ自然光で作り上げる色彩のグラデーションが素晴らしい)。さらに加えて、“CG頼りの省エネ製作”というハリウッドの風潮に挑む製作陣の「熱」が全編に漲っているからだと思う。(皮肉にも、本編が始まる前にスクリーンに流れた「予告編」の数々は、CGを過剰に使ったハリウッド作品ばかりだったが)
監督イニャリトゥはもちろん、本作で悲願のオスカーを受賞したレオナルド・ディカプリオの熱演と敵役トム・ハーディの強烈な存在感に大きな拍手を送りたい。

以上、「コレを観ないで、何を観る?!」レベルの2本。DVD鑑賞分では、監督スピルバーグ、主演トム・ハンクスの『ブリッジ・オブ・スパイ』がなかなか面白かった。(TVドラマはTBS火曜夜10時からの『重版出来』。久々にハマった)

2016/05/08

さようなら、富田勲さん。





5月5日、作曲家であり世界的なシンセサイザー奏者の富田勲さんがこの世を去った。


もう20年以上も前になるが、仕事上の知人の紹介で富田さんにお会いしたことがある。


場所は六本木の音楽スタジオ。とある電子楽器メーカーの新製品発表会の席上だったと思う。(と言ってもオフィシャルな場という雰囲気はなく、軽くお酒を飲みながらシンセサイザー音楽を楽しむという、かなりフランクな会だった)


時間にして1時間くらいだろうか。「宮沢賢治」に始まり「オウム真理教」まで、私が振るかなりヘビーな話題に、嫌がりもせず飄々とした表情で真摯に答えてくれた富田さんの姿が今も記憶の片隅にしっかり残っている。


その話の中で特に印象深かったのは、シンセサイザー音楽作品としてのデビュー・アルバムを世に出した当時、「こんなのは本当の音楽じゃない」とレコード会社をはじめ様々な音楽関係者に非難を浴びたことに自ら触れ、「じゃあ本当の音楽って、なんだ?!」「時代の変化に呼応して、進化していくのが本当の音楽じゃないのか?」と改めて憤っていたこと。その憤った顔すら穏やかで優しく、無垢な少年のように見える不思議な人だった。

享年84歳。きっと今頃は「銀河鉄道」の中で「月の光」に照らされながら、静かに眠っておられることだろう。
その人生に敬意を表するとともに、心からご冥福をお祈りしたい。