2015/09/28

「安保」雑感②この人の話を聞こう。



短期燃え尽き症候群……とでも言おうか。撮影も終わり、コピーもすべて書き終え、気分よく休める一日のはずが、この一週間の疲れがドッと出た感じで体も心も妙にダルかった。

そんな日曜の昼前、デザイナーのueちゃんから分厚い宅急便が届いた。

中を開けると、「ひまになったら読んでください」というメッセージと共に、「徘徊タクシー」「幸福な絶望」「独立国家のつくりかた」「隅田川のエジソン」「現実脱出論」「ズームイン、服!」の計6冊、坂口恭平(建築冒険家・作家)の本が入っていた。

早速、お礼の電話を入れると、またまた耳よりな話……長野に住む友人のMOTOMI嬢が、
「惚れちゃうくらい、感動し、揺さぶられた」人物がいるとのこと。

その後、「個人と戦争 横浜デモクラシー道場」という講演会の動画アドレスと共に、M嬢のメールが転送されてきて、その人の名がはっきりした。

現・東京外語大教授で「紛争解決請負人」兼「ジャズトランぺッター」の伊勢崎賢治さん。
TBSのサンデーモーニングにも時折コメンテーターとして出ているので、その顔には馴染あり。昨夜もBS朝日の「いま世界は」で危険度が増すコンゴPKOについて語っていた)

「真の勇者」と宮台真司(社会学者)が呼ぶだけあって、その言葉は鋭く、力強く、リアルで、優しい。(宮台真司曰く、「真の勇者とは、自らよりもむしろ、みんなに 勇気を沸き起こさせる者である」)


究極の国防とは「敵を減らすこと」……戦後70年、国防をアメリカに任せながら平和を維持してきた日本だが、彼の言葉を指針に「武装なき集団的自衛」の道など、これからの日本の平和主義と安全保障を考えていくことが、「憲法9条」の精神を尊く思う私のような「護憲派」にも求められているのだと思う。


 

2015/09/20

「安保」雑感①色々ハッキリ見えてきた。



17日の参議院特別委員会での強行採決を経て、19日未明「安保法案」が参議院本会議で可決、成立した。

まあ、予想通りの成り行きなので、改めての憤りも驚きもない(だって、3年近く、憤り続けているわけで…)。寧ろ、法案成立の必要条件(国民の支持、立法事実、民主主義のプロセス)がすべて崩れ去っていながらの強行採決によって、私(たち)が「安倍晋三」をバカだと思う以上に、「安倍(および自民党)」は私たち国民をバカだと侮っているのがハッキリしたわけで、この結末は、より安倍政権の独裁的・国家主義的本質(&対米従属姿勢)が明確になったという意味で悪いことではないように思う。
(きっと、多くの人が「強行採決?!上等じゃねえか!」と、気合いが入ったに違いない)

また、日本が「主権国家」ではなくアメリカの従属国であり、アメリカの国益を最優先に考えられる人間のみが、日本の統治システムの管理運営に関わることができるということ(もちろん、その点では民主も維新も同じ穴のムジナ)。そして「安倍(および日本会議、神道政治連盟)」が、戦後70年、平和主義の要である「憲法9条」の精神が国民に根付いたことによって、日本の平和が守られてきたのではなく、祖父・岸信介の手で改定された軍事同盟・日米安保条約(60年安保)によって守られてきたと頑なに信じていることもハッキリと分かった。
(もともと憲法9条どころか「国民主権」ですら否定したい人間に、現行憲法を守る意思などあるはずもない。なのに「集団的自衛権の行使は、憲法9条の範囲内」などと詭弁を弄するから、辻褄が合わなくなって話がおかしくなる。「集団的自衛権は、安保条約の枠内」であり「権力から国民を守る憲法より、アメリカが喜ぶことで権力を維持できる法案の方が大事」と、ハッキリ言えばいいのにね~)
それでいて「美しい日本の再建と誇りある国づくり」(日本会議)などと宣うのだから、何とも不思議な「ナショナリスト」たち……というほかないが。

というわけで、自由と平和と民主主義を希求する国民の「敵」の姿がハッキリ見えてきたのが、ここ数カ月の法案審議の様子を見ながら得られた“体験学習”の成果。

NHKをはじめ各局のニュース、ワイドショー(特に日テレ、フジ)での見え見えの政権擁護姿勢により、安倍と新聞・TV局のメディア幹部(特に読売、フジサンケイグループ)、解説委員、・論説委員、政治記者・報道各社の記者との癒着ぶりもよく分かった。
(「幹部とは会食。現場には恫喝」が安倍政権のメディア戦略らしく、高級ホテルや有名料理店での安倍とメディア関係者の会食は、2013142年間で47回、延べ人数で二百数十人にのぼるそうだ。何とも節操のないジャーナリストたち!)
安倍ベッタリの政治評論家(田崎史郎)や解説委員(NHK島田敏男、岩田朋子)のあさましい姿と共に長く記憶に留め、その姿勢を注視(&批判)し続けたい。

同時に予期せぬ味方(?)を知ることが出来たのも、個人的には嬉しい成果……「軍事覇権国のすべてが行き詰まっているいまこそ、米国との軍事同盟から決別し、憲法9条を掲げた日本独自の自主・平和外交に舵を切る時だ」と主張している元外務官僚・天木直人氏がその人。

今後も彼のブログでの発言に注目したい。(今日の記事もなかなか面白い。タイトルは「画期的な共産党の選挙協力呼びかけに岡田民主党は英断で応えよ」)

2015/09/17

11日間のいろいろ



96日(日)~7日(月)
2日間、少し遅めの夏休み。「新潟競馬場」経由で咲花温泉へ。
競馬場経由は「ローカルの競馬場を見たい」というツレの提案。(彼女の仕事も8月末で、ひとまず終了。その慰労の小旅行でもある)

競馬場へは新潟駅から直通バスで約20分……開催最終日らしく、たくさんの屋台が立ち並ぶ場内は家族連れで溢れ、「競馬観戦」というより「お祭り見物」といった感じ。豪華景品が当たる大抽選会まで催されていた。
で、競馬の方は、ゴール前でレースの迫力を味わいながら、少ない資金で小当り連発。薄い財布が少しだけ膨らみ、ツレに昼メシ&馬券代をカンパ……いい気分のまま、315分発のバスに乗り込み競馬場をあとにした。
その後、新潟駅から磐越西線に乗り「馬下(まおろし)」駅へ。迎えのマイクロバスに乗り、その日の宿『望川閣』に向かった。

『望川閣』は、阿賀野川ラインのほとりにある古い温泉宿。「ペット同伴可」と「3色の温泉を楽しめる」というのがウリのようだが、個人的には特筆すべき点のないごく普通の宿。それでも源泉かけ流しの露天に身を沈めれば、一時、日頃のウサも仕事の疲れも湯の中に溶け、リフレッシュできた気分に。(風呂後の料理も酒も、まあまあ美味しかったが、記憶には残らず)

翌日は、10時頃に宿を出て12時前に新潟着。駅ナカを散策した後、13時過ぎの新幹線で帰路に就いた。(総じて、まあまあの休暇)

98日(火)
午後から、池袋の「TRAVEL CAFE」で、デザイナーのフェアリー(小柄で挙動が不思議な女性ゆえのニックネーム)と“お茶”。先日依頼したパンフレット(12P)のデザインがアップしたので、そのコピー受取り&チェックのため。

ひと通り仕事の話が済んだ所で、お互いの近況報告……数年前、大病が発覚し治療していた彼女だが、今は何の問題もなく元気とのこと。それから束の間、五輪エンブレム問題や愛猫の話題などで歓談。

夜は、日本代表VSアフガニスタン。格下相手とはいえ、6-0完勝は文句なしの結果。ミドル(シュート)への意識もかなり高まってきた感じで、今後の戦いに期待が持てる内容だった。選手個人で目立っていたのは、香川、原口、山口蛍。二人(原口と山口)の活躍により前線・中盤の競争が激化するのは今後のためにも良いコト。センターバックの吉田もプレミアで磨かれ、安定感が増した感じだ。それに引き替え不安なのは手薄なサイドバック……長友にも微かな衰えを感じるし、酒井宏樹の成長スピードも遅い。やはり内田に早く復帰してもらわないと。

99日(水)
バイトの日。台風の影響で、朝から大荒れの空模様。
当然、駐輪場の利用者も少なく、仕事はヒマ……それでも、20分間隔で3ヵ所の駐輪スペースをぐるぐる歩き回るのはいつも通り。

ビニールガッパを着ていても、激しい風雨のせいで、すぐにズボンの膝から下はビショビショ。
1、2時間経ったら靴の中にも水が浸み込んで、靴下もグショグショ。たまらず傘をさしたら、いきなり強風に煽られ、おちょこになってメチャクチャ。(「何なんだよ、コレは!」と思わず声を上げたら、通りすがりの女性に「この風ですから、仕方ないですよね~」と、優しく笑われてしまった)

やるせない気分のまま一人、人気のない駐輪場の片隅で、吹き荒れる雨と風を眺めているうちに、何故か急に叫びたくなった。

♪気が狂いそう no no no no no no no……

空に向かって声を上げたら、あとはノンストップ。20分くらいだろうか、繰り返し静かな咆哮を続けた。
歌は、ザ・ブルーハーツ『人にやさしく』……


♪気が狂いそう やさしい歌が好きで 
 ああ あなたにも聞かせたい 
 このまま僕は 汗をかいて生きよう 
 ああ いつまでもこのままさ 
 僕はいつでも 歌を歌う時は 
 マイクロフォンの中から 
 ガンバレって言っている 
 聞こえてほしい あなたにも 
 ガンバレ!

910日(木)~13日(日)
10日は、クライアントと打合せのため、朝8時半に家を出て「西武立川」へ。
10時から2時間余り、デザイン案に関して要望を承りながら、細部を詰める。(総体的には気に入ってもらえたようで、OK

で、11日はバイト(遅番)、12日は仕事(コピー&デザイン修正)、13日もバイト(早番)……仕事の合間にDVDで『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と『おみおくりの作法』(製作国/イギリス、イタリア)を観る。世間的な注目度はオスカー受賞作『バードマン』だろうが、心に残ったのは『おみおくりの作法』……静かで、誠実で、美しい映画だった。

914日(月)~16日(水)
14日から4日間、バイトは休み。若干仕事も入っていたが、多少、身体に余裕ができたので、買い置き本、中村文則の長編小説『教団X』を読み始める。
宗教、宇宙、国家、戦争、テロリズム、そして素粒子、原子、意識、性、思想など、マクロな世界とミクロな世界が複雑に絡み合う、ものすごい熱量の小説。めちゃ面白く、グイグイ引き込まれてしまった。現在、残り200頁。

16日は、有楽町角川シネマで『Dearダニー 君へのうた』(監督:ダン・フォーゲルマン/主演:アル・パチーノ)を観る。(その感想は、また後日)

※明日(18日)から23日まで飛び石でバイト、22日は墓参り。24~26日はロケ撮影予定(パンフレット用の写真撮り)……また忙しい一週間になるが、国会前に集まった人たちにエールを送りつつ、「安保法案」強行採決→本会議可決、成立の暴挙もしっかり見届けたい。

 

2015/09/03

色々おもった「エンブレム」



おととい(1日)、佐野研二郎氏デザインの五輪エンブレムが白紙撤回された。

「断じて模倣ではない」と明言しつつも、ネット上で執拗に繰り返される凄まじいバッシングに耐えられなくなった佐野氏本人の提案取り下げの申し出と、「デザインの観点からは模倣ではないが、このデザインが模倣ではないとは残念ながら国民の理解を得ることは難しい」という永井一正氏(審査委員長)の見解を受け、最終決定に至ったようだ。

あまりスッキリしないが、仕方なし……

「盗作疑惑」を払拭するために大会組織委が開いた会見(28日)で、決定案以上に平凡な「原案」を見せられた時から、「これは、もっと、ヤバイことになるんじゃないの?」という予感がしていたが、案の定、すぐに類似(酷似?)デザインが見つかり、同時に審査資料用に提出した画像の無断転用まで発覚して万事休す。
「日本人としての誇りをもって作った」と言っていた佐野氏の誇りも奮闘むなしく地に堕ちてしまった感じだ。(何故、こんな「原案」がコンペで勝利したのか疑問だったが、エンブレムデザイン自体より、会場装飾や関連グッズ類への展開案が高く評価されたらしいことも会見で分かった)

正直、端から佐野氏のエンブレムデザインが良いとも思ってないし、「たった100万の対価」を含めてコンペのやり方も気に入らない……というか、そもそも「国威発揚と経済効果」が主たる目的のような「五輪招致」自体に反対だったので、これ以上この件に関わりたくもないが、私なりに思う所をまとめておきたい。

まず、「なぜ、メインのエンブレムデザイン案で選考されるべきコンペなのに、“展開案”が決め手になったのか」……

私も、その展開案(Tシャツなどのグッズ)を見た時、「そうなるのか、なるほどね~」と唸ったくらい、「再構成すると他の文字になるロゴ」というのは優れたアイデアで、これなら街中でも様々に形を変えつつ一目で五輪ロゴと分かるような統一した演出が可能になったはず。今さらながら、組織委・審査委のツボをキッチリ押さえたものだと感心している。
要するに、五輪招致の目的である「国威発揚(どこへ行っても、五輪一色)」と「経済効果(至る所で商売繁盛)」を踏まえ、その両方を最も満たすカタチで提案したのが佐野研二郎氏のデザインだったのではないだろうか。
博報堂時代は佐藤可士和のチームに属していたようなので、可士和さん同様、想像力と独創性で勝負するようなアーティストタイプではなく、経営戦略やマーケティング重視でコンセプト作りに長けたデザイナーなのだろう。(それが悲劇のもとになった。と言えなくもないが)

次に、「デザインの類似性について」……

「優れた芸術家は模倣するが、偉大な芸術家は盗む」というピカソの有名な言葉もあるように(もちろん「盗む」とはパクることではなく、「自分のモノにする」という意味)、絵画やデザインなどアートの分野に傾倒し詳しくなればなるほど、色々な作品からインスピレーションを受けることが多くなり、その分、まったく新しい完全オリジナルなものを作り出すのはほぼ不可能に近くなる。
グラフィック・デザインの世界も同じで、最初は誰でも優れたアイデアを収集し、多少アレンジを加えながら模倣していくもの。模倣もできない(優れたアイデアをチョイスできない)デザイナーは、多くの作品に触れながら技術とセンスを磨き、想像力と独創性を養うという努力を怠っていると見なされるだけ。当然、信頼もされず仕事もなくなる。
よく言われる「自由な発想」も、そうした日々の修練とインスピレーションの蓄積の上に築かれるもので、6歳以下の子どもでもないかぎり、何もない状態から生まれる自由な発想もオリジナルもありえない。画家もデザイナーも幾多の作品から受けたインスピレーションを基に、さらに別のアイデアとして組み立て自分のモノにする。それが膨大な情報とビジュアルに囲まれた私たちの世界のオリジナルと言うことになるのではないだろうか。
今回、多大な労力と時間を費やして類似デザインを探しまくり、「泥棒デザイナー」などと悪辣な言葉で佐野氏を罵った人たちも「似ている・似ていない」ではなく、「ちゃんと、その人のモノになっているか・いないか」を基準に、熟慮の上で追及の判断をしてほしいと思う。

で、エンブレムの件に戻して言うと、1日の会見で見せられた「原案」は、どう見ても活字デザインの巨匠ヤン・チヒョルトの展覧会ポスターのデザインとそっくり。
佐野氏もその展覧会を観に行ったそうだし、模倣する意図はなくでもインスピレーションを受けたのは明らかではないだろうか。(「記憶にない」などと言うから、余計に勘ぐられる)
ただ、「ポスターの丸はドットで、エンブレムは日の丸」という意味が違うだけのデザインを、「模倣じゃない」と言い切るのはかなり無理な気がしても、佐野氏に悪意があったとも思えない。
彼の言葉を聞くと、一貫して「根本の意味が違えば、デザインが似ていても、模倣ではない」と確信しているような節がある。こればかりは、彼が培った資質と感覚と世界観の問題で何とも言えないし、コンセプト作りに長けたデザイナーも良いのか悪いのか?……といった感じ。(デザイナーの友人たちは、どう思うのだろう)

最後に、「エンブレムデザインの再公募」……

大体、役所のコンペは、参加者に少なくない費用と過剰な手間をかけさせながら、応募作品は返却しない、結果及び評価に関する質問・問合せには応じない、もちろん選考過程も選考理由も知らせない……というムカつくモノで、その無慈悲さ・理不尽さは業界の常識。(それでも、参加者が後を絶たないのは、どこもかしこも仕事が無くて困ってるから)
そんな悪しき慣習と状況が今回の「公募」と「オープン化」(どの程度オープンにするのか分からないが、最終選考の様子くらいネット中継すべし)によって、多少でも変わるのなら制作に携わる人間としては喜ばしいコト。とにかく次は、「経済効果が期待できるデザイン」などという変な色気を正面に出さないで、「エンブレムデザイン」の良し悪しを最優先して決めてほしい。

※今夜は久しぶりの代表戦(対カンボジア)。前線4人(多分、先発は岡崎、本田、武藤、香川)のコンビネーションと、SB長友の走りとクロスに注目したい。もちろん、勝つのは当たり前!