2015/12/31

年の瀬のあれこれ。



26()
“イヤー・エンド・シネマ”として白羽の矢を立てた『ヴィオレット ―ある作家の肖像―』(製作国/フランス、監督/マルタン・プロヴォ)を観に神保町の岩波ホールへ。

 映画の舞台は193060年代のフランス。1907年、私生児として生まれ、生涯にわたり人格的に問題のある母との愛着をひきずりながら、その苦しみの中で小説を書くことに目覚め、自らの生と性を赤裸々に綴って当時の文学界に衝撃を与えた実在の女性作家、ヴィオレット・ルデュックの“心の旅路”を描いた作品。

自意識が強く、愛に飢えたヴィオレットの姿に、冒頭からヒリヒリするような緊張感がスクリーンに漂う。男性にも女性にも激しく愛を求め、激しく傷つくというストーリー展開に合わせて、観ているコチラの気分も重くなっていくのだが、その「自己否定」の深さに心を突き動かさられるようで目が離せない。
そして物語は、彼女の作家としての才能を見抜き、人生と精神のすべてを書くことに注ぎ込むよう励ましサポートする「シモーヌ・ド・ボーヴォワール」との出会いから、「男性中心社会」に叛旗を翻した二人の女性の闘い&魂の葛藤という別の色彩を帯びてくる…

というわけで、かなりアタマもココロも疲れるキツい映画だが(そのせいか、土曜の午後なのに観客は少なかった)、非常に刺激的で胸と脳にズシッとくる作品、静かな開放感に包まれるラストも良かった。「付け鼻」をつけてヴィオレット役を熱演したエマニュエル・ドゥボス、知性に満ちた毅然とした美しさでボーヴォワールを演じたサンドリーヌ・キベルランに心から拍手!(遅ればせながら「勝手にコトノハ映画賞」の助演女優賞はサンドリーヌ・キベルランに決定です)

夜は、新宿「鼎」で高校時代の部活仲間4人と忘年会。年のせいか、持病の話と仕事の話が多かった感じ。でも、「安保法案」「慰安婦問題」など、政治話も少々。みんな、「安倍政権」がイヤということでは一致していた。

27日()
有馬記念の勝ち馬は「ゴールドアクター」、父の名前はスクリーンヒーロー……映画好きとしては、やはりこの馬からいくべきだったかと少し悔やんだ。

29()
18時から新宿で今年最後の忘年会。NOWAビル8階「響」に旧知のメンバー10人が集まった。(幹事は例年通りワタシ)
今年もわざわざ新潟から来てくれたKAMEに、「今年も幹事、ごくろうさん」と銘酒「鶴齢」の大吟醸を頂く。
で、ここは安倍内閣不支持率100%の会……ビールで「再会に乾杯」の後は時事ネタ、宗教ネタお構いなし。専ら映画、文学、スポーツなどの“文化担当”の私が、時折交わされるアカデミックな話題に、下世話な彩り(突っ込み?)を加えながら話が弾んだ。(中には、「カミさんから預かってきた」と、“戦争法の廃止を求める統一署名”用紙を配る手合いも……私は、さしたる意味を感じないので、まったく書く気なし。代わりにMIYUKIさんの写真集を「欲しい!」という2人に贈呈)

さらに会が進んで〆近く、元中学教師のK君が「〇〇君に、読んでもらいたくて」と、自分の句が載っている118日の朝日新聞の12面「朝日俳壇」のコピーを少し離れた席から持ってきてくれた。

戦争法の通りし未明獺祭忌

選者は「金子兜太」ということで、ナットクの一句。“子規如何に”という兜太さんの短評も添えられていた。※「獺祭忌」は、正岡子規の命日。

二次会は、NOWAビル近くの「カラオケ館」……ほどよく酔いながら私が歌ったのは、陽水の「MAP」、サザンの「イヤな事だらけの世の中で」、そしてブルーハーツの「人にやさしく」の3曲。のどの調子もそこそこ良く、イヤー・エンドを気持ちよく〆ることができた。

以上、今年も残すところ数時間。来るべき2016年が、皆さまにとって良い年でありますように。

2015/12/23

勝手にコトノハ映画賞(2015)



《外国映画部門》
●最優秀作品賞
『パレードへようこそ』(製作国:イギリス/監督:マシュー・ワーカス)

●優秀作品賞
『おみおくりの作法』(製作国:イギリス・イタリア/監督:ウベルト・パゾリーニ)

●監督賞
ウベルト・パゾリーニ(『おみおくりの作法』)

●主演男優賞
エディ・マーサン(『おみおくりの作法』)※誠実で実直…その人生に幸あれ、と思いきや。
コリン・ファース(『キングスマン』)※渋い英国俳優のキレキレのアクションに。

●主演女優賞
アンジェリ・バヤニ(『イロイロ ぬくもりの記憶』)※頑なな少年の心を溶かした異国のメイド「テレサ」。その厳しい生活と素朴な人柄に。

●助演男優賞
サイモン・ペッグ(『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』)※イーサン(トム・クルーズ)との絶妙な掛け合いに。

●助演女優賞
該当者なし。

●特別賞
『愛と哀しみのボレロ』デジタル・リマスター版(製作国:フランス/監督:クロード・ルルーシュ/製作年:1981年)※圧巻、ジョルジュ・ドン!
『ボーダレス ぼくの舟の国境線』(製作国:イラン/監督:アミルホセイン・アスガリ)※戦時下で生きる少年の眼差しに。

 《邦画部門》
●最優秀作品賞 
『恋人たち』(監督:橋口亮輔)

●優秀作品賞
『この国の空』(監督:荒井晴彦)
『さよなら歌舞伎町』(監督:廣木隆一)

●監督賞
橋口亮輔(『恋人たち』)

●主演男優賞
小林薫(『深夜食堂』)※マスター、ぜひ来年もよろしく!

●主演女優賞
成嶋瞳子(『恋人たち』)※今年最も衝撃的だった女優さん。
二階堂ふみ(『この国の空』)※言わずもがなの演技力&存在感。
戸田恵梨香(『駆込み女と駆出し男』)※演技派女優として成長一途。

●助演男優賞
黒田大輔(『恋人たち』)※破裂寸前の心に寄り添う“隻腕の元過激派”。

●助演女優賞
イ・ウンウ(『さよなら歌舞伎町』)※その潔さ、圧巻の演技力。もう、別格。
安藤玉恵(『恋人たち』)※シリアスな作品の中で、異彩を放つ独特の存在感。

●長編ドキュメンタリー映画賞
『戦場ぬ止み』(監督:三上智恵)


※今日は、北海道の友人SINYAから送られてきた「長芋」のおすそ分けついでに、武蔵関の蕎麦屋「にはち」でMIYUKIさん、UEちゃんと会食(ランチ)。昼からビールと熱燗&美味い蕎麦と天ぷら、そばがき等でいい気分。話も弾んだ。夜は、友人の大学教授(経済学者)N君がテレビ出演ということでBS朝日夜9時放送「昭和偉人伝」に注目。「丸井」の創業者・青井忠治にスポットを当てた番組だったが、N君は丸井の労働争議に関連してのインタビュー出演…たった1、2分でやや拍子抜け。でも、元気そうで何より。彼も含めた旧友たちとの忘年会(29日)のネタにしようと思う。

2015/12/17

マリリンモンロー・ノーリターン…

と、昔よく口ずさんでいた覚えがある。(たまに“ノータリーン”と歌詞を変えたが)

先週の水曜(9日)、作家・野坂昭如氏が85歳の生涯を閉じた。

『エロ事師たち』『アメリカひじき・火垂るの墓』『騒動師たち』『てろてろ』など、青春期、最も読み親しんでいた作家の一人だったが、いまも思い出として残っているのは、数多の小説より参院選への出馬。

もう40年以上も前になるだろうか……当時、まだ存命だった祖母が(明治生まれながら「女も家に縛られず、社会に出て自立すべし」という進歩的な考えの持ち主で、自らも「職業婦人(美容師&宝石商?)」として生き、女手一つで子どもを育て、叔父を東大、母をYWCAに進ませてくれた人)、「選挙、誰に入れようかね。お前は誰がいいと思う?」と私に聞いてきたので、即座に「野坂昭如に入れなよ」と言い、「焼け跡闇市派」の“非戦”思考や「火垂るの墓」について暫く話した記憶がある。

それまでは常に自分の意思で、日本共産党に一票を投じ続けてきた生粋の平和主義者の祖母が、なぜ、その時だけ急に二十歳そこそこの孫に意見を求め、それに従おうとしたのかは、未だによく分からないが、「社会のレールには乗らない」と言いつつ腰が定まらず、さしたる知識も技能もないまま“社会運動”にのめり込み、将来の見えない不安定な生き方をしていた私のことを気にかけ、選挙をきっかけに話がしたかったのかもしれない。

そして、祖母は選挙嫌いの私に代わって「野坂昭如」に一票を投じたが、善戦空しく野坂は落選。「ダメだったね」と二人で苦笑いした1974年の夏だった。

その後も「お前の話は面白いね~」「どこか人と違う魅力があるよ」などと持ち上げながら、私の個性と感性を認め励ましてくれた祖母……私もシャキッとした佇まいながら時折とぼけたことを言う彼女のことが好きだった。(キセルで刻み煙草を吸う仕草も、明治女の気骨が感じられてカッコ良かった)

いま、彼女が生きていて、こんな自分と日本の姿を見たらなんと思うだろう。(私に関しては、「とても立派になったとは言えないけど、いい仲間に恵まれて、お前らしく何とか自分を曲げずに生きているようだね~」と笑ってもらえると思うが)

「近頃、かなり物騒な世の中となってきた。戦後の日本は平和国家だというが、たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする国にだってなりかねない」

亡くなる数日前、野坂昭如は、盟友・永六輔のラジオ番組にこんな手紙を寄せたそうだ。

 

2015/12/16

ひとり贅沢な一日。(本と映画と生ビール)



先週末、(たぶん)2015年最後のコピー(某ホテル予約代理店のHP用「社長メッセージ」)を書き終え、昨日(15日)は、本業もバイトもない気ままな一日。

007スペクター』は既に観終わり(ダニエル・クレイグの渋いボンドも、これで見納めか?)、特に食指を動かされる映画もなかったが、多少懐に余裕のある折角の休み。家で燻っているのももったいない気がして、“面白い!”と評判の韓国映画『ベテラン』に目をつけ、新宿に向かった。

副都心線で「新宿3丁目」に着いたのは11時。明治通り沿いの新宿文化ビル6階「シネマート新宿」でチケットを買い(上映開始12時)、すぐに外へ出て近くの「PRONTO」で時間潰し。カフェオレを飲みながら、残り20ページ余りの小説『服従』(ミシェル・ウェルベック著)を読み終えた。

2022年のフランス大統領選挙の決選投票で、イスラーム政権が成立する……という話。

まさにタイトル通り、超越神と国家権力への「服従」……主人公(フランソワ)が積み上げた知識・教養をあざ笑うかのようなラストに唖然とし、思わず「マジか?!」と呟いてしまった。(知識は脆く、インテリは弱し……という結末は、「誰も信じるな」「なにも信じるな」という作家の警告だろうか)

で、その脱力感を引き摺りながら観た『ベテラン』だが、脱力解消に効果アリの適度に笑える痛快エンタメ。不正を重ねる大財閥(のバカ御曹司)と戦うベテラン刑事&彼の仕事仲間の物語という、よくあるパターンだが、そこは韓国映画らしく迫力あるアクションシーンとテンポの良い場面展開で飽きさせない。『国際市場で逢いましょう』の主演・助演コンビ、ファン・ジョンミンとオ・ダルスがいい味を出していた。

映画の後は、「船橋屋」の天ぷらをつまみながら生ビールという、一人ちょっと贅沢なランチタイム……

さて、話は戻るが、小説『服従』で特に印象に残ったのは、主人公にムスリムへの改宗を勧める「ルディジェ教授」の言葉。

「ファシズムはわたしの目には、死んだ国家に再び生命を与えようとする、幽霊または悪夢のような偽りの試みと映っていました。キリスト教がなければ、ヨーロッパの諸国家は魂のない抜け殻に過ぎないでしょう。ゾンビです。しかし、問題は、キリスト教は生き返ることができるのか、ということです。わたしはそれを信じました。何年かの間は。それから、疑いが強くなり、次第にトインビーの思想に影響されるようになってきました。つまり、文明は暗殺されるのではなく、自殺するのだ、という思想です。」

「『O嬢の物語』にあるのは、服従です。人間の絶対的な幸福が服従にあるということは、それ以前にこれだけの力を持って表明されたことがなかった。それがすべてを反転させる思想なのです。」
「女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することの間には関係があるのです。お分かりですか。イスラームは世界を受け入れた。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れるのです。仏教の見解では、世界は『苦』、すなわち不適当であり苦悩の世界です。キリスト教自身もこの点に関しては慎重です。悪魔は自分自身を『この世界の王子』だと表明しなかったでしょうか。イスラームにとっては、反対に神による創世は完全であり、それは完全な傑作なのです。コーランは、神を称える神秘主義的で偉大な詩そのものなのです。創造主への称賛と、その法への服従です。」
「イスラームは、儀式的な目的での翻訳を禁止したただひとつの宗教です。というのも、コーランはそのすべてがリズム、韻、リフレイン、半階音で成り立っているからです。コーランは、詩の基本になる思想、音と意味の統合が世界について語るという思想の上に存在しているのです。」

これらの言葉を踏まえてなお、キリスト教、イスラーム教に、自分のアイデンティティを委ねるのではなく、その差異を理解し、それを受け入れ、それに捉われることなく「自分の頭で考え、自分の感性で判断せよ!」と、『服従』は、逆説的に服従しないための人間の在り方を示した小説なのかもしれない。

それにしても、なぜか今年は政治や宗教に関わる小説ばかり読んでいるような気がする。「政治的」でも、もちろん「宗教的」でもない人間なのに……(やはり、支持率V字回復の安倍政権のせいだろうか。このまま来年も、安倍政権とアメリカに「服従」し続けるなんて、あ~、ニッポンが情けない)

2015/12/03

こんな邦画が観たかった。(『恋人たち』)



先月中旬(17日)、テアトル新宿で観た映画『恋人たち』……(個人的には2015年度ベスト1の日本映画になるはず)

何がイイって、まず、原作・脚本を含め監督・橋口亮輔の100%オリジナル作品であるということ(こういう映画が少なすぎる!)。
「台本を書くのに8か月もかかってしまった」と監督自身が言うように、無名の役者たちとのワークショップを重ねながら、丁寧に、緻密に、惜しみなくエネルギーを注いで作られた映画だというのが、彼らが発するリアルな台詞、その日常から醸し出される焦燥感、徒労感、倦怠感など繊細な心理描写によって、よく分かる。(時折、ドキュメンタリー映画を観ているような錯覚に捉われるのも、映像にウソ臭さがまったくないからだろう)

そしてスクリーンに映し出されるのは、自分の居場所や立場を確認できないまま、幸せという幻想に翻弄される人々と様々な恋人たちの姿。その姿から今の日本社会を覆う冷たい空気が見えてくる。
(とりわけ印象的だったのは、どこにでもいそうな平凡な主婦・高橋瞳子を演じる「成嶋瞳子」の圧倒的な非凡さ。情事のあと乳房丸出しでお茶を入れ、束の間の炎のような夢を身体から消し去るように野原で放尿、咥え煙草……「性的魅力に欠ける女」の潜在的な渇望と諦念を、ほとんど表情を変えずに表現しきった演技力と存在感は、「スゴイ!」の一言)

「今は言いがかりが通る時代なので、映画もテレビも自主規制が厳しくなっています。この風潮が進んでいくと、社会の問題には目を向けられなくなって、本当に小さな話しか生まれません。クレームが怖いからといってあらかじめ自粛すれば、恋愛とか、家族とか、そういった当たり障りのない題材しか描けなくなります。塚本晋也監督は、今撮らないといけないと思って『野火』を作りましたが、ああいう意欲的な作品を作ろうと思ったら自主映画しかありません。そんな状況を変えていかないといけないなと思います」
「言いがかりを付けられた側が、何の罪科もないのに痛い目に遭うという状況が、今の日本ではざらにあります。そんな日本のねじれた感じが描ければいいなと思いました」

プログラムの中で橋口監督は、そう語っていたが、見事にリアルな人間の実存と、顔や名前が出ない所で偏狭な差別が渦巻く日本の今を映像化してくれたように思う。

「外に向かって開かれていく、ささやかな希望をちりばめたつもりです」と語るラストシーンも強く印象に残った。
(エンドロールで流れた主題歌、Akeboshiの「Usual life_Special Ver.」もグー!)

※今日は、午後3時から神保町でインタビュー取材。6時から石神井で、息子が保育園に通っていた頃の“送迎仲間”Kさんと7、8年ぶりに一献。(Kさんは、漫画本の出版で有名なA書店の元・編集者。確か「ブラック・ジャック」担当だったはず……久しぶりに、楽しい話ができそうだ)

2015/11/30

アラーキーな夜が明けて。



昨夜は、20時「日曜美術館」(Eテレ)、21時「新・映像の世紀」(NHKスペシャル)、22時「サンデースポーツ」、23時「情熱大陸」(TBS)と、テレビ三昧。

「日曜美術館」(再放送)は、前立腺がんを患い、その後、右眼の視力を失った〈天才写真家アラーキー荒木経惟75歳に密着!〉……ということで、75歳の誕生日を契機に北斎の画狂老人をもじって「写狂老人」と名乗り、今もカメラ片手に疾走し続ける写真家アラーキーの特集。
(撮影現場のみならず、代表作『センチメンタルな旅・冬の旅』の写真も数点紹介されていた。
私自身、何度も見てきた写真のはずなのに、雪の積もったバルコニーを愛猫チロが跳ねるラストのカットが画面に流れた瞬間、条件反射のように胸が熱くなってしまった)

番組中、「生(性)と死では、(気持ち的に)死に近い」と本人が語っていたように、時折見せる表情がどこか寂しげで、昔のような無限の明るさは影を潜めた気がするが(本当に大好きな人なので、長生きしてほしい!)、相変わらず“写欲”は健在、言葉も光る。

「写真撮りたいっていう気持ちは自分自身を撮りたいってことなんだよね」「8月というと、(どう考えても)広島、長崎だろうし、本当はこんな写真撮ってる場合じゃないんだろうけど、オレが撮りたいのはコレだから」と言いながら、一貫してエロスとタナトスを追求し表現するアラーキーの姿を見ながら、どこかその在り方が吉本(隆明)さんに似ているなあ、と思った。
(「男は顔がヌードなんだよ」という言葉も印象的。「ちょっと浮かれすぎだな」と言いながら、被写体・糸井重里から普段の穏やかな笑顔を剥ぎ取り、深い皺と鋭い視線を捉えたカメラの腕も流石の一言)

そういえば確か、以前に読んだ『吉本隆明の東京』(石岡善治郎著)の表紙カバーと扉の写真はアラーキーが撮ったはず……と思い出し、今日、本棚からそれを取り出してみた。
そのカバーには、雨上がりの路地(多分、谷根千あたり)、開いたまま地面に置かれた携帯傘の傍で、何か(誰か?)を指さし微笑んでいる庶民・吉本隆明の飾らない姿があった。(扉の写真は、立ち並ぶ高層ビル群を見上げるように旧い路地を歩く、後姿の吉本さん)

「情熱大陸」は、“美しすぎる鋼板画家”と呼ばれる「小松美羽」に密着。“美しすぎる”という変な肩書きを嫌って、ひたすら創作に打ち込むその覚悟の仕方が◎。作品は「神」と「獣」をイメージして描いたものが多く、一見グロテスクだが、独創的で繊細。『酔いどれ』と題された絵などはどこかユーモラスで、哀愁漂う現代的な妖怪のようにも思えた。

妖怪と言えば……今日、アインシュタインばりの表情(舌出し顏)でアラーキーのカメラに収まったこともある、漫画家・水木しげるさんが亡くなった。ファンの一人として、ご冥福を祈りたい。

2015/11/24

「なんだかなー」



先日(14日)、阿藤快さんが亡くなった。(“海”から“快”に改名していたことも、その時に知った)

「ぶらり途中下車の旅」等で度々その姿は見ていたが、役者としての彼となると、遠い昔『祭りの準備』(監督・黒木和夫/1975年製作・公開)で見た以外、ほとんど記憶にない。
村のワル「原田芳雄」の相棒か取り巻きの一人だったと思うが、野性味溢れるアウトローと異相の俳優が並んだカットは、どこか異様な迫力があり、私の中では竹下景子のヌードシーンに匹敵するくらいのインパクトがあった。(でも、この映画で最も印象的だったのは、東京へ旅立つ主人公・楯男(江藤潤)に餞別の「あんぱん」を渡し、走り出す列車を追いかけながら、何度もバンザイを叫んで見送る「原田芳雄」……ジーンと胸が熱くなる名シーンだった)

映画を観たあと「阿藤海」という名前もしっかり頭に入れ「独特の存在感のある渋い脇役・悪役になるのでは」と注目していたが、「なんだかなー」という名セリフ(口ぐせ?)は残したものの、何故か“名バイプレーヤー”と呼べるような目立った活躍も見せず、微妙な立ち位置で終わってしまった気がする。(ちなみに彼の出演作を調べたら、意外にも過去に観た作品が13本もありビックリ……でも、「阿藤海」の役柄も登場シーンも全く思い出せなかった)

で、その人となりが知りたくて、彼の公式ブログを覗いてみたのだが、またまたビックリ。ブログのタイトルは『やみつき暗示馬券』(ん?)……競馬歴40年の大ファンらしく記事のすべてが「競馬予想」。しかも予想といっても、よくある◎・〇・▲の印や個々の馬へのコメントはなく、ひたすらレース名と馬番が記されただけの、異様にあっさりしたもの。
「有馬記念予想」と短いタイトルが付いた一行〈有馬記念4、6、8、1112141516です。〉が最後のコメントだった。(更新日は20141227日。ちなみに翌日の28日に行われた有馬記念の優勝馬は4番ジェンティルドンナ、2着は6番トゥザワールドで、快さん見事的中)

有名芸能人の「公式ブログ」が競馬予想一色というのも妙だが、大の競馬研究好きという割には、競馬(予想)に対するこだわりも思い入れの深さも感じられないことが、私にはより奇異に思える。

「なんだかなー」……と、こちらが言いたくなるような、まったくなんの衒いもない(というより、なさすぎる)そのブログの存在と放置の仕方に、役者としてさほど強い印象を残さず、ひとり突然この世を去った「阿藤快」の〈抜きん出た執着のなさ〉とでも言うべき個性が隠されている気がするのは、単なる私の思い過ごしだろうか。

チョイ役ながら確かな存在感を見せた『祭りの準備』から早40年……そんな不思議かつ不可解な余韻を残して、俳優「阿藤快」は原田芳雄の待つ天国へ旅立った。改めて合掌。

※今日は少し暖かいが、昨日は寒かった。「HEAT TECH」を中に着込んでいなかったら、駐輪場の仕事にもかなり響いたはずだが、それでもまだ寒さは序の口。ヒートテックに限らず、これからますます安くて暖かい「ユニクロ」製品が手放せなくなりそうだ。(今までデザインに関して散々ケチをつけてきたのに、バイトのお陰で今は“サンキュー、ユニクロ!”……)

2015/11/21

雨の横浜「エルトン・ジョン」



水曜日(18日)。雨の中、エルトン・ジョンのライヴに行ってきた(恐縮ながら、いくつか好きな曲があるくらいの“末席ファン”の一人だが)。会場は横浜アリーナ。

15時半に家を出て、最寄りの「新横浜」に着いたのは17時過ぎ……駅から5分程の居酒屋「横浜くるわ」で、烏賊のゴロ焼きとハムカツを肴に“ちょい呑み”小一時間。その後「ラーメン博物館」に立ち寄り(博多ラーメンで腹ごしらえ)、18時半頃、横浜アリーナに入った。(雨にも関わらず、アリーナ周辺はすごい人だかり。場所柄か外国人の姿が目立つ)

席は北ブロック・3階スタンド席、最後方。(もちろん、ステージからはかなり遠いが、私のような通りすがりのファンにはふさわしい席)

19時を数分回ったところで会場のライトが消え、スポットライトに照らされたステージにメンバーが登場……いきなりハードなロックの演奏に会場は一気にヒートアップ。
3曲目に、故ダイアナ妃の追悼ソングとして有名な「キャンドル・イン・ザ・ウインド(風の中の火のように)」が流れた。

その間、私はといえば、酒の酔いも手伝って、大型ビジョンに映るエルトンの姿とスクリーンに映し出されるシュールな映像(まるでロールシャッハテスト!)を交互に観ながら半モウロウ状態。一人だけ会場の熱気から遠い場所にいるような感覚の中、パワフルな声とダイナミックなピアノの音だけが、頭の中で鳴り響いていた。

で、7曲目……「We need love, we need hope」と語りながら披露された「ビリーヴ」で少し正気に戻り(パリ同時テロの犠牲者に“Love & Hope”の歌を贈ります。というメッセージだったようだ)、次の「ダニエル」で背筋を伸ばし、「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」で大拍手……(要するに、自分が知っている曲で目が覚めただけ)

次の曲との間のピアノ・ソロも凄かった。

その後、ノンストップのロックショーは、70年代の大ヒット曲「Your Song(僕の歌は君の歌)」、《希望がすべてなくなったら、ラジオをつけて、悲しい歌を聴こうじゃないか……希望がすべてなくなってしまったとき、悲しい歌が沢山のことを語りかけるんだ》という詞が実にイイ「Sad Songs」と続き、ラスト(アンコール曲)はお待ちかね「クロコダイル・ロック」!!……♪ラ~ララララ~ ララララ~ ララララ~……(個人的にはこの夜、一番の盛り上がり)


そして大盛り上がりの中、エルトンの魅力が詰まった1曲の演奏が終わり、ステージのライトが灯され、御年69歳のロックスターは、あっと言う間の速さでステージから去ってしまった。その時、2130分。

大混雑のアリーナを縫うように抜け、雨降る道を足早に歩き、ようやく横浜線ホームにたどり着いたのが22時過ぎ。「菊名」での乗り継ぎも思い通りに行かず、家に着いた時には時計の針が頂点で重なる少し手前まで来ていた。

以上、「ライヴに行くには、横浜は遠すぎる!」と、心底実感した「横浜行き」だったが、音楽の足らない日常を埋めるに十分な極上ライヴ。その2時間半のステージは長く心に残るはず。お陰で1920日の連勤中も、アタマの中はエルトンの歌で一杯……最良の気分転換になったと思う。

以下、〈11/18(水) エルトン・ジョン&ヒズ・バンド ライブ・イン・ジャパン 2015 横浜アリーナ公演セットリスト〉

1 Funeral for a FriendLove Lies Bleeding
2 Bennie and the Jets 
3 Candle in the Wind
4 All the Girls Love Alice
5 Levon
6 Tiny Dancer
7 Believe
8 Daniel
9 Philadelphia Freedom
10 Goodbye Yellow Brick Road
11 Rocket Man
12 Hey Ahab
13
 I Guess That’s Why They Call It the Blues
14 The One
15 Your Song
16 Burn Down the Mission
17 Sad Songs (Say So Much)
18 Sorry Seems to Be the Hardest Word
19 Don’t Let the Sun Go Down on Me
20 The Bitch Is Back
21 I’m Still Standing
22 Your Sister Can’t Twist (But She Can Rock‘n’Roll)
23 Saturday Nights Alright (For Fighting)
アンコール
24 Crocodile Rock

2015/11/14

初めての3連勤



先週の6日、バイト仲間のNさんが、持病の悪化により緊急入院。そのため急遽、勤務シフトが変わり11日(水)から3連勤になった。(それより何より「1ヶ月以上の長期入院になりそう」という彼の病状が心配だったが、12日の午後3時頃「昨日、退院しました」とひょっこり笑顔で現場に現れ、「え~っ!?大丈夫なの?」と、その回復の早さにこちらがビックリ。まだ、食事は「おかゆ」中心とのことだが、血色も良く元気そうでホッとした)

で、この1週間どうしたわけか、“職場の敵”であったはずのワガママ中高年女性たちの姿をほとんど見かけない。駐輪場が空いているわけでも、こちらの愛想が良くなったわけでもないのに、来る人、来る人、みんなとても感じがいい。今週はたまたま巡りあわせで、普通に大人の女性ばかりが駐輪場を利用しているのかもしれないが、この前“逆ギレ”した女性まで、ちょっとしたサポートに「ありがとうございます」と、にこやかに言葉を返してくる。(アレアレ?)

う~ん、なんか妙だ。ひょっとして駐輪場の周辺で「アイツを敵に回すな」的な回状でもまわっているのだろうか?……と、変な勘ぐりすら入れたくなるが、仕事的には頗るやり易くなり気分も良好。素直にこの変化(?)を喜びたいと思う。(お陰で、初の3連勤もさほどキツくなかった。明日からもこの調子で……と願うが、油断は禁物)

2015/11/10

最後に神が舞い降りた 〜愛と哀しみのボレロ〜


先週木曜(5日)、今年観たすべての映画の印象が消し飛んでしまうような、凄い映画(というか凄いラストシーン)を観てしまった。(小屋は「恵比寿ガーデンシネマ」)

「人生には2つか3つの物語しかない。
しかし、それは何度も繰り返されるのだ。
その度ごとに初めてのような残酷さで」   ウィラ・キャザー

そんな、字幕から始まる『愛と哀しみのボレロ』(監督/クロード・ルルーシュ、製作国/フランス、製作年/1981年)。

観る前は、「間に5分くらい休憩があればいいのに」と、185分という尺の長さに多少腰が引けていたが(年のせいか、最近はトイレが近い)、そんな不安も何のその。素晴らしい音楽とダンス、そして緩みなく流れるドラマチックかつリズミカルな展開は、衰えゆく肉体にさえ最後までその長さを感じさせることはなかった。

映画の舞台は、ベルリン、モスクワ、パリ、ニューヨーク――主人公は4人。指揮者「ヘルベルト・フォン・カラヤン」、バレエダンサー「ルドルフ・ヌレエフ」、シャンソン歌手「エディット・ピアフ」、ジャズミュージシャン「グレン・ミラー」らの波瀾の人生をモデルに、第二次大戦前後から現代まで(1936年~1980年)、4人を取り巻く人々とそれぞれの家族の歴史と人生模様を、ヨーロッパ現代史に沿って描いた壮大な群像劇……その「愛と悲劇の系譜」が、生き残った人々と(彼らの子供たちが)選び取った人生によって集約され、ラスト10分、それぞれの運命の結節点であるパリの一つの舞台に導かれる。

その時、まさに「神降臨」。

生まれて、生きて、出会って、愛して、別れて、死ぬ……今は亡き、不世出のバレエダンサー「ジョルジュ・ドン」の踊る「ボレロ」が、冒頭の字幕に象徴される映画と人生のすべてを物語る、このラストシーンの美しさ、素晴らしさ!(久しぶりに体が震えた)


そんな鳥肌モノの「ジョルジュ・ドン」に酔いながら、フラフラと映画館を出て数分、不意に目に飛び込んできたのは「バカラ」の巨大なシャンデリア……「至高の美」に魅せられたばかりの私には、その白い輝きが空しく、とても淋しい光のように感じられた。(人生は短い。そんなに急くなよ、クリスマス!)





2015/11/05

酒席の話から(思い出の「レティシア」)



先週金曜(30日)、バイト仲間との飲み会があった。

場所は田無駅前の居酒屋「黒潮」。早番のOさんに合わせて、集合は午後4時半。それから7時半過ぎまで、お互いの人生と今の生活にまつわる雑多な話をしながら、3人で楽しい時を過ごした。

その際、「お互いの作品を見せ合おう」という約束通り、私は自分の作品ファイルと刷り上ったばかりのパンフレットを持参。Nさんも自分の作品集(イラスト)を持ってきてくれたので、互いにジョッキと箸を持つ手を休めて暫し見入った。(Oさんも興味津々、横から覗き見)

その絵の印象を一言でいうと「変幻自在」。自分のベースはしっかり守りながら、様々な要望に応えてきたプロとしての高いスキルを感じさせるものだった。中には、普段の優しく穏やかな物腰のNさんからは、ちょっと想像しがたい挑戦的なイラストもあり、思わずニヤリ(最近のモノだとのこと)。ロック系の音楽雑誌に載っていたヴァン・モリソン、ジム・モリソン(ドアーズ)のイラストは、記事も一緒に書いたとか……「へえ~そうなんだ!」と、その多才ぶりにも驚かされた。

で、いつの間にか映画の話になり……『冒険者たち』で、ヒロイン「レティシア」を演じたジョアンナ・シムカスについて3人で語り合うことになった。(1976年、シドニーポワチエと結婚して女優を引退。現在72歳)

何故、斯くも多くの男たちが『冒険者たち』と、そのヒロインに心惹かれるのか? 
たぶん、アラン・ドロン(マヌー役)が振られるから……というのは素直かつ単純な私の意見だが、当たらずといえども遠からず。
憧れの女性が人気絶頂の超二枚目ではなく、タフで友情に厚い男くさい男「リノ・ヴァンチュラ」(ローラン役)を選んだことで、「いい男(イケメン)ばかりモテる世の中はつまらん!」と鬱屈した思いを抱える男たちの溜飲を下げたのは間違いない。(私自身もそうだった)

時が経ち、映画全体の印象がぼやけてしまった今も、テーマ曲「レティシア」の甘く切ない旋律と共に、ジョアンナ・シムカスの美しさが強く胸に残っているのは、そんな心情的背景があるからだと思う。(とりわけ印象的な水葬シーン)

というわけで、飲み会の夜からたびたび聴いている「愛しのレティシア」をプリーズ。歌うは、振られたイケメン「アラン・ドロン」!


2週間ほどブログの更新が滞ってしまったが、その間、愛猫ジャックが軽い皮膚炎に罹ったくらいで、特に生活や体調面で変わったことはなし。バイト疲れというか、単なる気分的な問題でした。

2015/10/20

災い転じて……



先日のバイクトラブルを契機に、バイト先である駐輪場の仕事が見直され、雇用先の担当者から「不正駐車であっても、バイクを動かしてチェーンロックをかける必要はありません。同様に、自転車の場合も無理にラックに入れる必要なし。(特にバイクには極力手を触れぬこと)」という内容の職場通達が出て、我々整理員の精神的負担が大きく減ることになった。
それで、事の抜本的な解決になるわけではないが、おざなりな態度でトラブルへの関与を避ける無責任な管理会社と、ルールを守らない身勝手な利用者の間で対応に困っていた私たちにとっては、要望通りの業務改善。まあ、実質“抗議の手抜き”と言った感じだが、今できる唯一の自衛手段として素直に評価し、歓迎したい。

(やはり、バイトとはいえ、自分が働く場所は、自分たちの声と手で変えていかなきゃ!……職場の仲間も一様にスッキリした感じ)

ということで、明日も駐輪場。(本業の方は、先週末に印刷入稿して一段落)

明後日からはバイト4連休になるので、久しぶりに新宿で映画を観るつもり……武蔵野館で『ボーダレス ぼくの船の国境線』(製作/イラン)を観るか、K’s cinemaで『名もなき塀の中の王』(製作/イギリス)を観るか、只今思案中。

2015/10/16

浮かない休日…猫と戯れ、本を読む。



予期せぬバイト上のトラブルもあり、ここ4、5日、気分がパッとしない。

(どんなトラブルかというと……仕事中、チェーンロックをかけずに止まっていたバイクを動かそうと持ち上げた瞬間、つかんだ場所が悪く座席の後ろにあるバックライトカバー?を壊してしまった。
不正駐車とはいえ、バイクの扱いに不慣れな自分に非があるのは明白。すぐに“激おこ”の所有者に謝罪し「弁償(修理費)」を約束して会社に連絡。所有者には修理の見積りを会社宛に送ってもらうことで了承してもらい、後は、トラブル時の状況説明と写真を家のパソコンから会社に送り、所有者の女性との交渉を会社と保険会社に委ねた次第。
つい先日も、同僚のNさんが新品の高級自転車を傷付けてトラブルになったばかりで、いずれも不正駐輪・駐車に対応している中でのアクシデント……もちろん、ルールを守らない利用者が一番の問題だが、トラブル処理も含めてすべて下請け会社の整理員任せでルールの徹底を図らない大手管理会社にも問題あり。目立つ場所に“チェーンロック厳守”の警告看板を立てるなど、何らかの対策を講じてほしいものだ)

お陰で、映画を観に出かけるどころか、近くのTUTAYAにさえ行く気にならない。

無類の映画好きが映画を観る気も起きないのだから、コレは軽いウツなのか?とも思ったが、パンフレットの校正&印刷手配など本業の仕切りは抜かりなく、食欲も酒欲も健在……やはり、いつも通り季節の変わり目に引きやすい「心の風邪」なのだろう。

そんな主の「軽い風邪」を知ってか知らずか、わが家に来て丁度3年目になる愛猫ジャックがちょくちょく部屋に顔を出し、「かまってくれよ~」的に、足の当たりをスリスリしてくる。

大した用事もないし、気も紛れるので、束の間、ヤツと戯れる……

まっすぐ私を見上げる時のジャックは、つぶらな瞳のイケメンなのだが、気持ちよさそうに目をつむると、重盛の人形焼みたいな顔になる。それが可笑しくて、「ホント面白いヤツだよなあ、お前は」と頭を撫でてつぶやくと、また薄目を開けて「ニャ~」……

そうこうしているうちに、少し気分も回復(猫はソファで丸くなり)、先日ueちゃんが送ってくれた坂口恭平の日記本『幸福な絶望』をパラパラとめくって読んだ。

躁鬱を繰り返す彼のウツは、すぐ直るようなヤワな「風邪」ではなく、創作活動の源で生じる「自然現象」のようなものと認識しているらしい。

《止まることも仕事なのかもしれない。とてもきついけど。少しだけ言葉が出てきているが、同時に、言葉なんか出てこなくてもいいのかもしれないとすら思った。それよりも、記憶そのものをどうにか蓄積していけばいいのだ。そのときにしか考えられないものを、そのときに感じた全てのことを、そのときにできることで、自分にできることで、奇をてらわずに、ただひたすらに残していけばいいのだ》

《忘れるから、書くのである。忘れたくないから書くのである。心地よい瞬間があったことを、忘れないために書くのである。なぜなら、僕は体で記憶することができないからだ。日々、自動的に刷新され、全く別人になってしまう。それでも僕という体は今も続いている。それを時々、思い出せるように。だから書いていこう。名作を作り上げるために書くのではないのだ。現実からみれば連続しているように見えない、僕の、僕にとっての、独自の連続体を、見つけるために書くのだ。僕は、その分裂の中の連続を、冒険しているのだろう》

その葛藤から生まれる素直な言葉が、ヤワな私の胸に沁みた。

2015/10/08

本田が雄弁にキレた…(&ザッケローニの助言)



104日、ACミランがホームでナポリに惨敗した(04)。

2試合連続でベンチのまま出番のなかった日本代表FW本田圭佑は、試合後、日本の報道陣にチームの惨状についてコメント……その内容が、各国の言葉に訳され世界中を駆け巡り、あちこちのACミランファン及びサッカーファンの注目を集め、イタリアメディアも大きく取り上げる事態になっている。

本田と報道陣とのやりとりは以下の通り。(Soccer Magazine ZONE webより)

― (ベンチからナポリ戦を観た感想は)

「そうですね。前半は結構いい勝負していて。失点シーンは自分たちのミスから生まれたものだった。その後、どちらかというとナポリの方に勢いがなくなり始めて、同点になるチャンスも何本かあった。そこを決めきれなくて。後半はまったく違った試合になってしまった。個人的にはあんまりというか、問題点が分かりやすくなった。問題点が変わったわけでもないし、問題点が大きくなったというのもないですし。今日の試合でファンや経営陣、選手たちは大きく傷ついて、こういうところで気づく。今日の敗戦、大敗をしっかりと(受け止める)。この敗戦から何かを学ばないと。いつまでたっても再建はほど遠い」

― 次に出られるチャンスは巡ってくると思うか

「というか、なんで出れなくなったか分からない。こういう試合をやっていて出れるチャンスがないのがおかしい。イタリアのメディアの大問題だと思うんですけれど、誰がいい、誰が悪いというのをこういう試合で話すのがナンセンスですよね。ある程度、誰がやってもダメというのは、この3年ぐらいで分かったと思う。そこを今日しっかり学ばないと。(マンチェスター・)シティやパリ・サンジェルマンぐらいお金を使うか、もう少しストラクチャー(構造)の部分で見直していかないといけない。でも、選手が気づいていてもこのチームは変わらない。トップの人間が気づく、経営陣が気づく、監督が気づく。そして、選手たちが気づく。同時にファンたちも気づいていかないと。僕はファンの拍手のタイミングを見ていても、勝つことだけに左右されているファンだなと気づく。内容など見ない。勝てば拍手する」

― 監督は、精神的なものがチームの問題なのではないかと言っている

「それはどういうことなのかな。選手の責任であるという話をしている時点で、ナンセンスだと思う。3年間いろいろな選手を試してきた。その間に(強化に)100億くらい使って、選手たちを今試しているわけでしょ。(世界)トップのプレーヤーではないにしても、少なくとも代表選手が集まっている集団。それでなぜ出ている選手が与えられたポジションで生き生きとプレーできないのか。もう少し構造的なもの、評価基準が重要。評価基準をメディアからファンから監督から経営陣から、全員がもし変えることができれば、大きく再建につながるんじゃないかなと思う」

― 本田選手については、もう少し攻撃的にという声も聞こえるが

「専門的な話になるんで、あれなんですけど、シンプルに言えばヒントは今日のナポリにあると思います。それが分からないようであれば、再建はあと5 10年かかる。ナポリはサポートが速い? 2年間思っている話。逆にイタリア人に聞きたい。ユーベも危ないでしょ。これでユーベが弱くなったらイタリア危ないですよ。だから、イタリアのメディアにこれを伝えておいて下さい。また散々ぱら僕をたたくでしょうから」

という内容……

低迷するミランの10番として、メディアとファンの批判を一身に浴び、スケープゴートにされて叩かれてきた本田が、「勝利至上主義」のセリエAのサポーターと、攻撃面での黒子役、守備面での汚れ役を評価しないメディア、クラブに対して放った痛烈な一撃、といったところだろうか。
(ミラン及びセリエAの華やかな歴史、その栄光にとらわれているサポーターとメディアが今も「ミランの10番」に抱くイメージは、メッシやロナウドに近い存在。そんな意識下、一人でゲームを決めてしまえるような“真のワールドクラス”ではない「10番」が非難の的になるのは致し方ないことかもしれない。だが、現実を直視し、チームへの献身を忘れることなく、汚れ仕事も厭わず、ひたすら再建の足掛かりを築く「10番」こそ、いまのミランには必要ではないのか?それに自分は値しているはず……と、本田は言いたいのだろう)

本田自身「下手なりにも本気でトップを目指している人間として、行動を起こす時には、ただ行動を起こすことはないですから。というのは、目指すところの逆算で行動をとってきているわけですから、それに相応しくない行動は取りたくないというのが自分のフィロソフィーですから。自分の正義をつらぬくことが今後の自分にとっても、自分自身であり続けるためにも必要なことだと思います」と語っているように、相当な覚悟と自負を込めて行った発言だと思う。

熱烈な本田ファンの一人としては、「らしいなあ」と、その発言を支持し、事の推移を見守るのみ。

海外のACミランファンの反応も「よく言ったよ、悲しいが事実だ」「これは本当だ……本田はとても勇敢だ。それ以外の何ものでもない」など概ね好意的。また、ある意味、本田の攻撃を受けたイタリアメディアも、その琴線に触れたようで「普段冷静で思慮深い人物の口からこれらのことを聞くのはインパクトがある」、「この言葉はあまりにも核心を突いている。ミランはこれをどう受け取るだろう?」(ガゼッタ・デロ・スポルト)と、冷静に報じている。

とはいえ、所属選手がメディアにチーム批判をぶちまけるのは、どこの国でもチームでもご法度。クラブの副社長兼CEOのガッリアーニも「最悪」と憤っているようだし、本田にも厳しい処分(多額の罰金?)が科せられるのは必至。加えて早くも、本田の発言を「1月のマーケットでの移籍希望のサイン」と見なし、獲得に動き出すクラブもあるらしく、ミランからプレミアリーグへの移籍話も報じられている。

そんな矢先、7日のクラブ公式番組「ミランチャンネル」内で、ミラン監督を務めた経験もある元日本代表監督、アルベルト・ザッケローニ氏が電話インタビューに応え、外部でクラブ批判を行ったことを諌めつつ、「積極的にクラブを助けようとしたんだ」と本田を擁護した(してくれた!)。

「ケイスケは軽率なことを言う人間ではない。偉大なプロ精神を持っているし、常に自分のことよりチームにとってどうかを考える。ああ言ったということは、きっと誰かに何かをさせたくて、刺激すべきだと考えたのだろう。
しかし、話す場所は考えるべきだというのも事実だ。私は常にこういったことは外部で話すべきでなく、内部で話すべきだと考えている。私もミランにいた3年の間に問題があるときは、常に内部で話し合うようにしていた。
例えばパオロ・マルディーニはキャプテンとして人間的に非常に優れた選手だったが、口を開くときには常に建設的なことだけだった。
選手は外部で批判してはいけない。自分のプレーについてテレビや新聞で自己批判するのはいいが、他人を批判してはならない。内部で話し合ってもいいが、それを外部で批判してはならない。だから彼には賛成できない。
ただ私は彼のことをよく知っている。慣習や文化も異なった国からきた選手だから、我々とは異なったやり方をしたのだと思う。彼は建設的な意味でやったのだろう」

ただの本田ファンである私も、その変わらぬ信頼と正しい助言に「ありがとう。ザック!」と感謝しているくらいだから、本田自身もきっと恩師の言葉を有難く、力強く思っているに違いない。

さて、今夜は、日本代表にとってW杯アジア2次予選1位通過のカギを握る重要なシリア戦。日本の勝利を祈りつつ、いつも以上に、本田のプレーに注目しよう!

 


 

2015/10/07

町でデモ隊にあった。(&吉本さん再読)



先週の日曜(4日)、地元の町でデモ隊に遭遇した。

30人ぐらいだろうか、ほとんどが地域の中高年の人たちだと思う。

「原発反対」「子どもを守れ」「原発反対」「空を守れ」……

あまり意味があるとも、切実とも思えない単調な叫び声が、秋の空にこだましていた。

どういう思いなのだろうか……

(正直、私も福島第一以降“原発は怖いもの”だと再認識しているが、論理じゃなく「恐怖」で「原発問題」を捉えることはできないと思うし、大勢の人といっしょに「原発反対!」と声を上げて叫ぶほどの切実な思いも根拠もない。また、反原発デモでも、なんでも、「恐怖心」を煽り、それをベースに組織化を図るような運動・活動は「保守・リベラル」に関わらず端からダメだと思っているので、当分「原発」を巡って体も心も動くことはない。だから、「安保法制反対」と「原発反対」がセットになっているデモなどを見ると、SEALDsの人たちなどは「リベラル」ということで一括りにしているようだが、「それは、別の問題じゃないの!?」と、首を傾げたくなる……安易な同調も排除も、彼らが主張する「民主主義」の薄っぺらさを示すことにならないか?と)

……隊列から少し離れて歩道を歩いていた女性が、「読んでみてください」と、私にビラを手渡そうとしてきたが、読まずとも中身は知れたもの。ぼんやり空を見ていたせいもあるが、デモにシンパシーを示すつもりもないので、受け取ることなく、黙ってその場を通り過ぎた。

その夜、本棚から吉本(隆明)さんの『反原発異論』を取り出して再読。

「これから人類は危ない橋をとぼとぼ渡っていくことになる」(『思想としての3.1120116月刊所収)と記された一節の中にこんな言葉があった。

《原子力はそれを最終的には戦争に使うために貯蔵することも、また多面的な利用もできるし経済的な利を得るために開発することも、見方を変えればいくつもの目的があるわけですが、もっとも根本的には、人間はとうとう自分の皮膚を通過するものを使うようになったということですね。人間ばかりでなく生物の皮膚や骨を構成する組織を簡単に透過する素粒子や放射線を見出して、物質を細かく解体するまで文明や科学が進んで、そういうものを使わざるを得ないところまできてしまったことが根本の問題だと思います。それが最初でかつ最後の問題であることを自覚し、確認する必要があると思います。武器に使うにしても、発電や病気の発見や治療に使うにしても、生き物の組織を平然と通り過ぎる素粒子を使うところまで来たことをよくよく知った方がいい。そのことを覚悟して、それを利用する方法、その危険を防ぎ禁止する方法をとことんまで考えることを人間に要求するように文明そのものがなってしまった。素粒子を見つけ出して使い始めた限り、人間はあらゆる知恵を駆使して徹底的に解明してゆかないと大変な事態を招く時代になってしまった。原子力は危険を伴いますが、その危険をできる限り防ぐ方法を考え進めないと、人間や人類は本当にアウトですね。俺をどうしてくれるんだと素粒子側から反問されて答えられなければ困るわけで、何とかして答えるようにしなければならない。心細く言えば、人間は終わりが近づいているくらい悲観的なものですが、でもここまで来たら悲観しても収まりがつくものではないわけで、この道を行くしかないのですね。》

いま読んでも、とても「原理的」で、慎重かつ丁寧に原子力を見ているように感じられるが、「反原発」を叫ぶ「リベラル」な人たちからは今も「原発推進派」として吉本さんの一連の発言は毛嫌い(無視or憎悪の的?)されているようだ。

そこがよく分からない……

吉本さんは、「恐怖感」や「経済的な利益」で原発を議論するのではなく、あくまで「文明論・技術論」をもとに議論を尽くすべき。と主張し、「人類が辿ってきた道を、後戻りはできない」という文脈で「反原発」を批判したわけで、「原発を積極的に推進すべし」などと語ったことはないはず。

福島第一の事故以降、急速に高まった「反原発」の声を恐れて、多くの科学者と技術者が口をつぐんでしまい、未だに自由に発言・発信しえないこの日本の現状こそ、吉本さんは最も危惧していたのではないだろうか。
(先日、辺見庸さんのブログを、友人に紹介されて読んだが、辺見さんも今の日本の「リベラル派」や「民主主義」の状況を、吉本さん同様のスタンスで危惧しているように思う……辺見さんの言葉はかなり乱暴だが)

私も吉本さんが残した言葉を手掛かりに、「元個人(げんこじん)」として、敬愛する仲間たちと語り合いながら、「原発」を含め様々な問題を考えていきたいと思う。


2015/10/06

バイト、最悪の一日…(職業蔑視も感じつつ)



昨日は五・十日(ごとうび)で、駐輪場は大混雑。(西友のカード割引率が通常の3%から5%になるらしく、朝から買物客が殺到……「得した気分で、大して必要のないモノも買っちゃうのよ」と言う人もいるけど)

店内から持ち出したショッピングカートを駐輪スペースに置きっぱなしで帰ってしまったり、確信犯的にラック外の狭い場所に自転車を突っ込んだまま、買い物や近くのパチンコ屋に行ったりする利用者が後を絶たない。

ほとんどが中高年女性だが、図々しいというか「お父さん、これ、片づけといて」と当然のようにカートを押しつけてくる人もいる。「アンタのようなババアに、お父さん呼ばわりされたくないよ!」という言葉はグッと飲みこんで「次からは、ご自分でお願いします」とヤンワリ返すが、「あら、そうなの」という感じで意に介さない。
このように、駐輪場の整理員を普通に見下しているというか、「自分は客だ」的に買い物サービス係か何かと勘違いしているような人が、最近、多い気がしてイヤになる。(別に商業施設と雇用関係を結んでいるわけでもないのに……仕事仲間の中には、シルバー人材センターの派遣者だと思われて「市から金を貰っているくせに、偉そうに注意するな」と言われた人もいる。人材センターを通して働く人たちにも失礼な話だ)

と、若干労働意欲がダウンしていると、そんな気分に追い打ちをかけるようにサラリーマン風の若い男が「あそこで、おばあちゃんが入れる場所探してるよ。どっかないの?探してあげなよ」と、高飛車な態度で忠告?してくる……(高齢者を気遣う割には、言葉遣いを知らないヤツだと腹が立ったが、忠告自体は正しいことなので黙って従った)

挙句は、自分で勝手に出しにくい場所に自転車を留めておきながら(もちろん、不正駐輪)「ちょっと、出すの伝ってくれない」と、臆面もなく平気な顔で頼んでくるオバサン!……「こういう所に入れておいて、手伝ってくれと言われても困るんですけど」と言葉を返しながら自転車を引き出したが、逆に「ココ(駐輪場)が狭いからダメなのよ!もっと大きくしてよ」と食って掛かられ(まるでヤクザの言いがかり)、近くに居合わせた人にまで「ねえ~」と同調を求める始末。

ったくどういう神経しているんだろうコイツらは……と思うが、経済・経済・経済の世の中はこんなもの。年齢・性別に関わらずイイ人もいれば、イヤな人もいる(ただ、ココに限っていえば、丁寧に注意しても素直に非を認めず、逆ギレするのは中高年女性だけ)。
折角、胸にネームプレートを下げているのに、明らかに自分より年上、もしくは近い年齢の女性たちに「お父さん」「おじさん」と呼ばれる日常的な軽い屈辱感も含め(イチイチ面倒だが「これからは、名前で呼んでくださいね」と言うようにしている)、そうそう毎日、気持ちよく働かせてもらえる職場はないということ。

「お互い、ストレス、溜めないようにしようね」と、遅番のOさんと慰めあって心を鎮め、午後4時、バイトを始めて4ヶ月目にして最悪の一日を終えた。(でも、帰り際に「〇〇さんと一緒の日は仕事が楽しい」と言ってくれたOさんの言葉で、帳消しになった感じ)

2015/09/28

「安保」雑感②この人の話を聞こう。



短期燃え尽き症候群……とでも言おうか。撮影も終わり、コピーもすべて書き終え、気分よく休める一日のはずが、この一週間の疲れがドッと出た感じで体も心も妙にダルかった。

そんな日曜の昼前、デザイナーのueちゃんから分厚い宅急便が届いた。

中を開けると、「ひまになったら読んでください」というメッセージと共に、「徘徊タクシー」「幸福な絶望」「独立国家のつくりかた」「隅田川のエジソン」「現実脱出論」「ズームイン、服!」の計6冊、坂口恭平(建築冒険家・作家)の本が入っていた。

早速、お礼の電話を入れると、またまた耳よりな話……長野に住む友人のMOTOMI嬢が、
「惚れちゃうくらい、感動し、揺さぶられた」人物がいるとのこと。

その後、「個人と戦争 横浜デモクラシー道場」という講演会の動画アドレスと共に、M嬢のメールが転送されてきて、その人の名がはっきりした。

現・東京外語大教授で「紛争解決請負人」兼「ジャズトランぺッター」の伊勢崎賢治さん。
TBSのサンデーモーニングにも時折コメンテーターとして出ているので、その顔には馴染あり。昨夜もBS朝日の「いま世界は」で危険度が増すコンゴPKOについて語っていた)

「真の勇者」と宮台真司(社会学者)が呼ぶだけあって、その言葉は鋭く、力強く、リアルで、優しい。(宮台真司曰く、「真の勇者とは、自らよりもむしろ、みんなに 勇気を沸き起こさせる者である」)


究極の国防とは「敵を減らすこと」……戦後70年、国防をアメリカに任せながら平和を維持してきた日本だが、彼の言葉を指針に「武装なき集団的自衛」の道など、これからの日本の平和主義と安全保障を考えていくことが、「憲法9条」の精神を尊く思う私のような「護憲派」にも求められているのだと思う。


 

2015/09/20

「安保」雑感①色々ハッキリ見えてきた。



17日の参議院特別委員会での強行採決を経て、19日未明「安保法案」が参議院本会議で可決、成立した。

まあ、予想通りの成り行きなので、改めての憤りも驚きもない(だって、3年近く、憤り続けているわけで…)。寧ろ、法案成立の必要条件(国民の支持、立法事実、民主主義のプロセス)がすべて崩れ去っていながらの強行採決によって、私(たち)が「安倍晋三」をバカだと思う以上に、「安倍(および自民党)」は私たち国民をバカだと侮っているのがハッキリしたわけで、この結末は、より安倍政権の独裁的・国家主義的本質(&対米従属姿勢)が明確になったという意味で悪いことではないように思う。
(きっと、多くの人が「強行採決?!上等じゃねえか!」と、気合いが入ったに違いない)

また、日本が「主権国家」ではなくアメリカの従属国であり、アメリカの国益を最優先に考えられる人間のみが、日本の統治システムの管理運営に関わることができるということ(もちろん、その点では民主も維新も同じ穴のムジナ)。そして「安倍(および日本会議、神道政治連盟)」が、戦後70年、平和主義の要である「憲法9条」の精神が国民に根付いたことによって、日本の平和が守られてきたのではなく、祖父・岸信介の手で改定された軍事同盟・日米安保条約(60年安保)によって守られてきたと頑なに信じていることもハッキリと分かった。
(もともと憲法9条どころか「国民主権」ですら否定したい人間に、現行憲法を守る意思などあるはずもない。なのに「集団的自衛権の行使は、憲法9条の範囲内」などと詭弁を弄するから、辻褄が合わなくなって話がおかしくなる。「集団的自衛権は、安保条約の枠内」であり「権力から国民を守る憲法より、アメリカが喜ぶことで権力を維持できる法案の方が大事」と、ハッキリ言えばいいのにね~)
それでいて「美しい日本の再建と誇りある国づくり」(日本会議)などと宣うのだから、何とも不思議な「ナショナリスト」たち……というほかないが。

というわけで、自由と平和と民主主義を希求する国民の「敵」の姿がハッキリ見えてきたのが、ここ数カ月の法案審議の様子を見ながら得られた“体験学習”の成果。

NHKをはじめ各局のニュース、ワイドショー(特に日テレ、フジ)での見え見えの政権擁護姿勢により、安倍と新聞・TV局のメディア幹部(特に読売、フジサンケイグループ)、解説委員、・論説委員、政治記者・報道各社の記者との癒着ぶりもよく分かった。
(「幹部とは会食。現場には恫喝」が安倍政権のメディア戦略らしく、高級ホテルや有名料理店での安倍とメディア関係者の会食は、2013142年間で47回、延べ人数で二百数十人にのぼるそうだ。何とも節操のないジャーナリストたち!)
安倍ベッタリの政治評論家(田崎史郎)や解説委員(NHK島田敏男、岩田朋子)のあさましい姿と共に長く記憶に留め、その姿勢を注視(&批判)し続けたい。

同時に予期せぬ味方(?)を知ることが出来たのも、個人的には嬉しい成果……「軍事覇権国のすべてが行き詰まっているいまこそ、米国との軍事同盟から決別し、憲法9条を掲げた日本独自の自主・平和外交に舵を切る時だ」と主張している元外務官僚・天木直人氏がその人。

今後も彼のブログでの発言に注目したい。(今日の記事もなかなか面白い。タイトルは「画期的な共産党の選挙協力呼びかけに岡田民主党は英断で応えよ」)

2015/09/17

11日間のいろいろ



96日(日)~7日(月)
2日間、少し遅めの夏休み。「新潟競馬場」経由で咲花温泉へ。
競馬場経由は「ローカルの競馬場を見たい」というツレの提案。(彼女の仕事も8月末で、ひとまず終了。その慰労の小旅行でもある)

競馬場へは新潟駅から直通バスで約20分……開催最終日らしく、たくさんの屋台が立ち並ぶ場内は家族連れで溢れ、「競馬観戦」というより「お祭り見物」といった感じ。豪華景品が当たる大抽選会まで催されていた。
で、競馬の方は、ゴール前でレースの迫力を味わいながら、少ない資金で小当り連発。薄い財布が少しだけ膨らみ、ツレに昼メシ&馬券代をカンパ……いい気分のまま、315分発のバスに乗り込み競馬場をあとにした。
その後、新潟駅から磐越西線に乗り「馬下(まおろし)」駅へ。迎えのマイクロバスに乗り、その日の宿『望川閣』に向かった。

『望川閣』は、阿賀野川ラインのほとりにある古い温泉宿。「ペット同伴可」と「3色の温泉を楽しめる」というのがウリのようだが、個人的には特筆すべき点のないごく普通の宿。それでも源泉かけ流しの露天に身を沈めれば、一時、日頃のウサも仕事の疲れも湯の中に溶け、リフレッシュできた気分に。(風呂後の料理も酒も、まあまあ美味しかったが、記憶には残らず)

翌日は、10時頃に宿を出て12時前に新潟着。駅ナカを散策した後、13時過ぎの新幹線で帰路に就いた。(総じて、まあまあの休暇)

98日(火)
午後から、池袋の「TRAVEL CAFE」で、デザイナーのフェアリー(小柄で挙動が不思議な女性ゆえのニックネーム)と“お茶”。先日依頼したパンフレット(12P)のデザインがアップしたので、そのコピー受取り&チェックのため。

ひと通り仕事の話が済んだ所で、お互いの近況報告……数年前、大病が発覚し治療していた彼女だが、今は何の問題もなく元気とのこと。それから束の間、五輪エンブレム問題や愛猫の話題などで歓談。

夜は、日本代表VSアフガニスタン。格下相手とはいえ、6-0完勝は文句なしの結果。ミドル(シュート)への意識もかなり高まってきた感じで、今後の戦いに期待が持てる内容だった。選手個人で目立っていたのは、香川、原口、山口蛍。二人(原口と山口)の活躍により前線・中盤の競争が激化するのは今後のためにも良いコト。センターバックの吉田もプレミアで磨かれ、安定感が増した感じだ。それに引き替え不安なのは手薄なサイドバック……長友にも微かな衰えを感じるし、酒井宏樹の成長スピードも遅い。やはり内田に早く復帰してもらわないと。

99日(水)
バイトの日。台風の影響で、朝から大荒れの空模様。
当然、駐輪場の利用者も少なく、仕事はヒマ……それでも、20分間隔で3ヵ所の駐輪スペースをぐるぐる歩き回るのはいつも通り。

ビニールガッパを着ていても、激しい風雨のせいで、すぐにズボンの膝から下はビショビショ。
1、2時間経ったら靴の中にも水が浸み込んで、靴下もグショグショ。たまらず傘をさしたら、いきなり強風に煽られ、おちょこになってメチャクチャ。(「何なんだよ、コレは!」と思わず声を上げたら、通りすがりの女性に「この風ですから、仕方ないですよね~」と、優しく笑われてしまった)

やるせない気分のまま一人、人気のない駐輪場の片隅で、吹き荒れる雨と風を眺めているうちに、何故か急に叫びたくなった。

♪気が狂いそう no no no no no no no……

空に向かって声を上げたら、あとはノンストップ。20分くらいだろうか、繰り返し静かな咆哮を続けた。
歌は、ザ・ブルーハーツ『人にやさしく』……


♪気が狂いそう やさしい歌が好きで 
 ああ あなたにも聞かせたい 
 このまま僕は 汗をかいて生きよう 
 ああ いつまでもこのままさ 
 僕はいつでも 歌を歌う時は 
 マイクロフォンの中から 
 ガンバレって言っている 
 聞こえてほしい あなたにも 
 ガンバレ!

910日(木)~13日(日)
10日は、クライアントと打合せのため、朝8時半に家を出て「西武立川」へ。
10時から2時間余り、デザイン案に関して要望を承りながら、細部を詰める。(総体的には気に入ってもらえたようで、OK

で、11日はバイト(遅番)、12日は仕事(コピー&デザイン修正)、13日もバイト(早番)……仕事の合間にDVDで『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と『おみおくりの作法』(製作国/イギリス、イタリア)を観る。世間的な注目度はオスカー受賞作『バードマン』だろうが、心に残ったのは『おみおくりの作法』……静かで、誠実で、美しい映画だった。

914日(月)~16日(水)
14日から4日間、バイトは休み。若干仕事も入っていたが、多少、身体に余裕ができたので、買い置き本、中村文則の長編小説『教団X』を読み始める。
宗教、宇宙、国家、戦争、テロリズム、そして素粒子、原子、意識、性、思想など、マクロな世界とミクロな世界が複雑に絡み合う、ものすごい熱量の小説。めちゃ面白く、グイグイ引き込まれてしまった。現在、残り200頁。

16日は、有楽町角川シネマで『Dearダニー 君へのうた』(監督:ダン・フォーゲルマン/主演:アル・パチーノ)を観る。(その感想は、また後日)

※明日(18日)から23日まで飛び石でバイト、22日は墓参り。24~26日はロケ撮影予定(パンフレット用の写真撮り)……また忙しい一週間になるが、国会前に集まった人たちにエールを送りつつ、「安保法案」強行採決→本会議可決、成立の暴挙もしっかり見届けたい。

 

2015/09/03

色々おもった「エンブレム」



おととい(1日)、佐野研二郎氏デザインの五輪エンブレムが白紙撤回された。

「断じて模倣ではない」と明言しつつも、ネット上で執拗に繰り返される凄まじいバッシングに耐えられなくなった佐野氏本人の提案取り下げの申し出と、「デザインの観点からは模倣ではないが、このデザインが模倣ではないとは残念ながら国民の理解を得ることは難しい」という永井一正氏(審査委員長)の見解を受け、最終決定に至ったようだ。

あまりスッキリしないが、仕方なし……

「盗作疑惑」を払拭するために大会組織委が開いた会見(28日)で、決定案以上に平凡な「原案」を見せられた時から、「これは、もっと、ヤバイことになるんじゃないの?」という予感がしていたが、案の定、すぐに類似(酷似?)デザインが見つかり、同時に審査資料用に提出した画像の無断転用まで発覚して万事休す。
「日本人としての誇りをもって作った」と言っていた佐野氏の誇りも奮闘むなしく地に堕ちてしまった感じだ。(何故、こんな「原案」がコンペで勝利したのか疑問だったが、エンブレムデザイン自体より、会場装飾や関連グッズ類への展開案が高く評価されたらしいことも会見で分かった)

正直、端から佐野氏のエンブレムデザインが良いとも思ってないし、「たった100万の対価」を含めてコンペのやり方も気に入らない……というか、そもそも「国威発揚と経済効果」が主たる目的のような「五輪招致」自体に反対だったので、これ以上この件に関わりたくもないが、私なりに思う所をまとめておきたい。

まず、「なぜ、メインのエンブレムデザイン案で選考されるべきコンペなのに、“展開案”が決め手になったのか」……

私も、その展開案(Tシャツなどのグッズ)を見た時、「そうなるのか、なるほどね~」と唸ったくらい、「再構成すると他の文字になるロゴ」というのは優れたアイデアで、これなら街中でも様々に形を変えつつ一目で五輪ロゴと分かるような統一した演出が可能になったはず。今さらながら、組織委・審査委のツボをキッチリ押さえたものだと感心している。
要するに、五輪招致の目的である「国威発揚(どこへ行っても、五輪一色)」と「経済効果(至る所で商売繁盛)」を踏まえ、その両方を最も満たすカタチで提案したのが佐野研二郎氏のデザインだったのではないだろうか。
博報堂時代は佐藤可士和のチームに属していたようなので、可士和さん同様、想像力と独創性で勝負するようなアーティストタイプではなく、経営戦略やマーケティング重視でコンセプト作りに長けたデザイナーなのだろう。(それが悲劇のもとになった。と言えなくもないが)

次に、「デザインの類似性について」……

「優れた芸術家は模倣するが、偉大な芸術家は盗む」というピカソの有名な言葉もあるように(もちろん「盗む」とはパクることではなく、「自分のモノにする」という意味)、絵画やデザインなどアートの分野に傾倒し詳しくなればなるほど、色々な作品からインスピレーションを受けることが多くなり、その分、まったく新しい完全オリジナルなものを作り出すのはほぼ不可能に近くなる。
グラフィック・デザインの世界も同じで、最初は誰でも優れたアイデアを収集し、多少アレンジを加えながら模倣していくもの。模倣もできない(優れたアイデアをチョイスできない)デザイナーは、多くの作品に触れながら技術とセンスを磨き、想像力と独創性を養うという努力を怠っていると見なされるだけ。当然、信頼もされず仕事もなくなる。
よく言われる「自由な発想」も、そうした日々の修練とインスピレーションの蓄積の上に築かれるもので、6歳以下の子どもでもないかぎり、何もない状態から生まれる自由な発想もオリジナルもありえない。画家もデザイナーも幾多の作品から受けたインスピレーションを基に、さらに別のアイデアとして組み立て自分のモノにする。それが膨大な情報とビジュアルに囲まれた私たちの世界のオリジナルと言うことになるのではないだろうか。
今回、多大な労力と時間を費やして類似デザインを探しまくり、「泥棒デザイナー」などと悪辣な言葉で佐野氏を罵った人たちも「似ている・似ていない」ではなく、「ちゃんと、その人のモノになっているか・いないか」を基準に、熟慮の上で追及の判断をしてほしいと思う。

で、エンブレムの件に戻して言うと、1日の会見で見せられた「原案」は、どう見ても活字デザインの巨匠ヤン・チヒョルトの展覧会ポスターのデザインとそっくり。
佐野氏もその展覧会を観に行ったそうだし、模倣する意図はなくでもインスピレーションを受けたのは明らかではないだろうか。(「記憶にない」などと言うから、余計に勘ぐられる)
ただ、「ポスターの丸はドットで、エンブレムは日の丸」という意味が違うだけのデザインを、「模倣じゃない」と言い切るのはかなり無理な気がしても、佐野氏に悪意があったとも思えない。
彼の言葉を聞くと、一貫して「根本の意味が違えば、デザインが似ていても、模倣ではない」と確信しているような節がある。こればかりは、彼が培った資質と感覚と世界観の問題で何とも言えないし、コンセプト作りに長けたデザイナーも良いのか悪いのか?……といった感じ。(デザイナーの友人たちは、どう思うのだろう)

最後に、「エンブレムデザインの再公募」……

大体、役所のコンペは、参加者に少なくない費用と過剰な手間をかけさせながら、応募作品は返却しない、結果及び評価に関する質問・問合せには応じない、もちろん選考過程も選考理由も知らせない……というムカつくモノで、その無慈悲さ・理不尽さは業界の常識。(それでも、参加者が後を絶たないのは、どこもかしこも仕事が無くて困ってるから)
そんな悪しき慣習と状況が今回の「公募」と「オープン化」(どの程度オープンにするのか分からないが、最終選考の様子くらいネット中継すべし)によって、多少でも変わるのなら制作に携わる人間としては喜ばしいコト。とにかく次は、「経済効果が期待できるデザイン」などという変な色気を正面に出さないで、「エンブレムデザイン」の良し悪しを最優先して決めてほしい。

※今夜は久しぶりの代表戦(対カンボジア)。前線4人(多分、先発は岡崎、本田、武藤、香川)のコンビネーションと、SB長友の走りとクロスに注目したい。もちろん、勝つのは当たり前!

 

2015/08/30

近ごろ気になるコトとヒト



(仕事の合間の走り書き……あまり内容もまとまりもないので、悪しからず)

●宇宙飛行士・油井亀美雄さん 
せっかく国境も領土もない広い宇宙に飛び出したのに「日本人であることを誇りに思う」「航空自衛隊出身パイロットであることを誇りに」「人生の中で最も日の丸を誇らしく思った日」など、その発言にやたら“日本(人)”と“誇り”が目立つ宇宙飛行士の油井さん。(「こうのとり」キャッチ成功の偉業にケチをつける気など毛頭ないが、高まる自画自賛ムードにおもねるような気恥しい熱血コメントは、マジ勘弁)

NHK女性解説委員
ISISによる日本人殺害事件」「安保法制」「集団的自衛権の行使」「70年談話」など、事あるごとに出てくるNHKの政治部記者・岩田朋子の“解説”がバカバカしいというか、腹立たしいというか、まるで安倍政権のスポークスマンのようで、なんの解説にもなっていないこと。
案の定、官房副長官時代からの安倍番記者で、政治記者の間では「安倍にもっとも近い女性」として知られていたようだ。で、当時から「安倍の大のお気に入り」……だったら、解説委員ではなく、視聴者に分かりやすく安倍内閣広報委員とでも肩書きを変えてほしい。(どうせ、いずれは自民公認で立候補して国会議員になる腹積もりだろうし)

●「抗日戦争勝利70周年記念」式典&軍事パレード
正しくは「抗日戦争および反ファシズム戦争勝利70周年」と言うそうだが、70年経った今も、不戦・反戦を謳うのではなく、戦車やミサイルの行進で強大な軍事力をアピールし「勝利」を祝う愚かしさ。まして「民主主義対ファシズムの戦い」と連合国側が称した先の大戦の勝者(民主主義)とはかけ離れた政治体制の国が祝う「勝利」に何の意味があるのだろう?(加えて国連事務総長の参加も、自国・韓国のナショナリズムに呼応するかのようで不可解かつ不愉快)

●「自席発言」って何だ?
国会での首相の「ヤジ」を、わざわざ「自席発言」と体裁よく言い換えて放送する「NHK」の姑息さ・情けなさ。最早「公共放送」も名ばかり。籾井会長と経営委員(長谷川三千子等)の意のまま安倍政権の広報局に成り下がってしまったようだ。(ニュース番組のみならず、ドラマやドキュメンタリーにも相当な圧力がかかっているはず)

●インテル・長友佑都の去就
現在、噂にのぼっている移籍先は、レスター、ベンフィカ、ジェノア、サンプドリアなど……その中では、岡崎も在籍しているプレミアの「レスター」とポルトガル王者「ベンフィカ」が個人的に魅力大。だが、一転「インテル残留」の可能性もある。いずれにしろ移籍期限は後1日、どこに移ろうが残ろうが、長友ならやれる!

●朝ドラ『まれ』の目を覆うばかりの迷走
ゆきあたりばったりの脚本、まったくシンパシーを感じない主人公&その周り、些細な事を大袈裟に騒ぐあさましい演出……「ながら見」もとうに止め、今やガン無視状態になってしまった『まれ』の、まれに見るつまらなさ。朝ドラ歴5年の私だが、これほど“酷い!”と思わされた作品は初めて。(田中泯、田中裕子、大泉洋、草笛光子、常盤貴子、鈴木砂羽などなど、いい役者・キャラクターを揃えながら、何故この体たらく?)

以下、ただの戯言……

●幹部の粛清が止まらない北朝鮮の最高指導者、金正雲氏のトチ狂った頭とその髪型。

●時事問題に関する松ちゃん(松本人志)の発言が唖然とするほど平凡でつまらないこと。

●清宮君もいいが、もっと気になるオコエ瑠偉君。(伸びしろ充分。スター性抜群でハートも強そう。ぜひ、巨人に!)

23歳の日本代表。マインツ・武藤嘉紀、ブンデス初ゴール(しかも2得点)! スピードと運動量は文句なし。あとはフィジカルのレベルを上げ、さらに突破力と決定力に磨きをかけていけば、次代のエース間違いなし。

……キリがなくなりそうなので、これにて打ち止め。(バイトに行く時間も迫ってきたし)