2014/12/31

大晦日に「絶望」を思う。



「この国には、何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」……“ゆっくりと死んでいく患者のような日本経済”への危機感を背景に、そこで生きる若者たち(&子どもたち)の閉塞感を捉えながら、新たな希望の方向を示そうとした小説『希望の国のエクソダス』(村上龍)がセンセーショナルな話題を集めて、早14年。

「希望」が、そこかしこに生まれる社会になったかどうかは定かでないが、その間、大学では「希望学」(東大社研)という新たな研究分野が生まれ、さらに3.11を経て、「絆」や「夢」とセットになった「希望」は、より強く豊かで明るい未来をイメージさせる言葉になった。
普段でも「希望」という言葉を聞かない・目にしない日がないくらい、「希望」は私(たち)の身近に溢れてきたような気がする。

でも、いま私は、「希望」を持つことの大切さを噛みしめるより、その真逆の、こんな言葉に共感し頷かされている。

それは、先週の木曜、朝日新聞の論壇時評「選挙の後に 投票先は民主主義だ!」(高橋源一郎)に書かれていた、「この国は絶望が足りない」という森達也氏の発言だ。(記事は、オンライン・政治メディア「ポリタス」での「投票」の意義をめぐる議論を、源一郎さんが抜粋し解説を加えたもの。「投票先は民主主義だ」は漫画家・しりあがり寿の言葉)

高橋源一郎によると、森達也は「もう(選挙に)行かない派」。《選挙前から、与党の勝ちと結果はわかっている。おまけに、権力を監視する装置としてのメディアは「その機能を放棄しかけている。ほぼ現政権の広報機関だ」「だからもう投票には行かなくていい。落ちるなら徹底して落ちたほうがいい。敗戦にしても原発事故にしても、この国は絶望が足りない。何度も同じことをくりかえしている。だからもっと絶望するために、史上最低の投票率で(それは要するに現状肯定の意思なのだから)、一党独裁を完成させてほしい。その主体は現政権ではない。この国の有権者だ」》と“悲しげに”書いたそうだ。

「これって、選挙前のオレの気分と同じじゃん!」と、その気持ちを代弁してくれたような森氏の文に思わず「異議なし」と心の中で叫んだ私……その勢いで『希望の国のエクソダス』の一文を捩ってみたくなった。

「この国には、希望がたくさんある。本当にいろいろな夢と希望があります。だが、絶望が足りない」

というわけで、来年に「希望」をつなぐべき大晦日に、あまりふさわしくない話になってしまいましたが、忘れてはいけない「絶望」を、しっかりと未来につなぐことも「希望」への道のり。
「バイアグラ連打状態」(旧知の仲間との忘年会の帰り道、経済学者の友人がそう言っていた)のアベノミクスの行く末を見届けつつ、新たな「希望」を見つめる2015年にしたいもの。

では、皆さま、よいお年を。

※今夜の「紅白」は、サザンの飛び入り参加(ライブ中継?)と、美輪さんの「愛の讃歌」だけ観たい。吉田類の「酒場放浪記」も気になるし。

2014/12/29

勝手に、コトノハ映画賞(2014)



《外国映画部門》
●最優秀作品賞
『グランド・ブダペスト・ホテル』(製作国:ドイツ、イギリス/監督:ウェス・アンダーソン)

●優秀作品賞
『あなたを抱きしめる日まで』(製作国:イギリス、アメリカ、フランス/監督:スティーヴン・フリアーズ)
『ダブリンの時計職人』(製作国:アイルランド、フィンランド/監督:ダラ・バーン)

●監督賞
ウェス・アンダーソン(『グランド・ブダペスト・ホテル』)
独創的で、緻密で、お洒落で、ビックリ箱のようで、優しくて、純粋で、思慮深く、コミカルで、ミステリアスで、ノスタルジックで、スリリング。そして超民族的で反戦・反権力……要するに、とても魅力的で、いま最も注目すべき若手監督(45歳ですが)、その荒唐無稽の冒険と闘争の物語に大拍手。
●主演男優賞
フィリップ・シーモア・ホフマン(『誰よりも狙われた男』)※亡き名優に敬意を表して。
●主演女優賞
ジュディ・デンチ(『あなたを抱きしめる日まで』)※別格の演技と存在感!
●助演男優賞
ジャレット・レト(『ダラス・バイヤーズ・クラブ』)※その美しさと哀しさに。
●助演女優賞
該当者なし。

●長編ドキュメンタリー映画賞
『自由と壁とヒップポップ』(製作国:パレスチナ、アメリカ/監督:ジャッキー・リーム・サッローム)

●長編アニメーション映画賞
TSUMI マンガに革命を起こした男』(製作国:シンガポール/監督:エリック・クー)

●特別賞
クリント・イーストウッド(監督作品『ジャージー・ボーイズ』)

《邦画部門》(さほど、数は観ていませんが)
●最優秀作品賞 
『太秦ライムライト』(監督:落合賢)

●優秀作品賞
『ぼくたちの家族』(監督:石井裕也)※「家族映画」の秀作。

●監督賞
石井裕也(『ぼくたちの家族』)
31歳の若さで、この技量。どこにでもある家族の何気ない日常を追い、「普通の人々」の心情を丹念に掘り下げながらリアルな「再生」のドラマを作り上げる、地に足のついたカメラワークは、立派!の一言。(さすが、満島ひかりのダンナ様)
●主演男優賞
福本清三(『太秦ライムライト』)※「5万回斬られた男」、その太秦魂に。
●主演女優賞
該当者なし。
●助演男優賞
該当者なし。
●助演女優賞
原田美枝子(『ぼくたちの家族』)※狂女も少女もお手のもの。日本が誇る演技派女優。

●長編ドキュメンタリー映画賞
『ある精肉店のはなし』(監督:纐纈あや)

以上。

2014/12/24

クリスマスソングのかわりに。



今朝、新聞の訃報記事で「ジョー・コッカー」の死を知った。享年70歳。
「イギリスのレイ・チャールズ」の異名をとった、ソウルフルなロックボーカリスト。その絞り出すようなハスキーボイスが堪らなく魅力的だった。特にウッドストックでの熱唱が忘れられない。


記憶に新しい所では、82年の映画『愛と青春の旅立ち』の主題歌の大ヒット(ジェニファー・ウォーンズとのデュエット)だろうか……でも、一押しはやはり「ユー・アー・ソー・ビューティフル」(ビリー・プレストンのカバー)。

今宵はクリスマス・イブ。

長きに渡ってアルコール中毒に悩まされたジョー・コッカーの死を悼みつつ、この曲を。(You Are So Beautiful  君はとても美しい)

2014/12/23

3日間のメモ。



1220日(土)
[1615分~1820]
新宿武蔵野館で『マップ・トゥ・ザ・ハリウッド』(監督/デヴィッド・クローネンバーグ)を鑑賞。「ハリウッドセレブを風刺した作品」ということだが、かなりアンダーな「イカれた雰囲気」が漂う、後味の悪い映画(でも、目が離せない)。ジュリアン・ムーアの怪演が見もの。(まあ、映画自体、役者たちの演技合戦という風情だろうか。題材的にはイマイチ乗り切れなかった)

[19時~21]
「まぼろしぃぃ~~」と、帰り道で、IKKOさんの声が頭の中で木霊したような気がした、「お別れ会」。(場所は、恵比寿の居酒屋「梟」)
かつて同じ職場で働いていたといっても、20年近くも経てば仕事も含めて共通の話題はなくなる。まして、40歳での中途入社。企業内フリーランスのように独りで自由に仕事を牽引し、制作企画等で自ら一線を画して周りから浮いていた(?)その頃の自分に「仲間」と呼べるような人もなし。
それゆえ、故人の生前の話題以外、大して話すこともなければ、余計な思い出や感傷に捉われることもなく、一次会終了後、幹事のNさんに「元気で」と声をかけ、一人静かに席を後にした。(親族の方の話によると、故人は「亡くなる一週間前の検診で、血液測定の数値が異常に高く即入院。あっと言う間の旅立ちでした」とのこと。長く苦しまれなくて良かったと思う。合掌)

 1221日(日)
市議会議員選挙。午前中に投票を済ませ、午後は、福島第一原発の作業員が描く原発ルポ漫画『いちえふ』(福島第一原子力発電所労働記1)を一気読み。
帯のコピーにはこう書いてある。《これが 彼がこの目で見てきた「福島の現実」。》……スペクタクルもサスペンスも、告発されるべき巨悪もなく、ただ著者が体験した現場が描かれるだけの「ドキュメンタリー漫画?(記録マンガ?)」だが、「多層下請け構造」に翻弄される現場作業員のリアルな生活に見入って、頁をめくる手が止まらなくなってしまった。

夜は、「ごめんね青春!」の最終回。さすがクドカン、平助が告白を聞く側に回ったラストのオチも冴えていた。最後まで視聴率が伸びなかったのは残念だが、個人的には本年度ベスト1の連ドラ(大して数は観てないが)。風間杜夫、満島ひかりの豪快かつ爽快なキレっぷりを筆頭に、役者陣も特上級! 何ひとつ文句なく、存分に楽しませてもらった。(次は、映画で観たいなあ)

1222日(月)
新宿「酔心」で、来年の仕事話も込みの忘年会(午後7時スタート)。N社のSさん、代理店のJさん、そして私の3人で一年ぶりに席を囲んだ。(牡蠣料理の専門店なので、料理のメインは当然「かき鍋」)

「ラジオ、いいですね~。やりたいですね~」というSさんの意向に沿って方向性を探った“仕事話”も、グッド・アイデア噴出で、かなりヒートアップしたのだが(合間に、時事ネタ・映画ネタ、仲居さん飛び入りの温泉ネタなどを挟みつつ)、3人とも自宅で猫を飼っている者同士、いつの間にか、話の流れはネコ方面へ。
Sさんが飼われている猫(ヒマラヤン)が、家のトイレで便座の上に乗って用を足すという話に、(そんな、文化的な猫がいるんだ!?)とビックリ。「えっ、じゃあ猫砂も必要なしですか!?」「ええ。でも、トイレの水は自分で流せないですけど」……と続けられ、そりゃそうだと顔を見合わせ大笑い。

そんな風に硬軟取り混ぜた話題で盛り上がり、飲み会は2時間後の9時にお開き。
新宿駅で「良い、お年を」「来年も、よろしく」と3人で交互に握手を交わしながら、心地よくそれぞれの帰路に就いた。

ということで、今年最初の「忘年会」は楽しく終了。残すは後2件!(2729日)……

2014/12/17

『跳びはねる思考』から、『となりのシムラ』へ。



おとといの夜、床暖だけの寒い部屋でテレビを見ながら、ついうたた寝をしてしまった。結果、くしゃみ、鼻水、咽喉の痛み……お決まりの風邪。

翌朝(昨日の)、即行で行きつけの耳鼻科へ。「初期の風邪ですね」と処方箋をもらい、その後は買い物にも出ず、『跳びはねる思考』(著者・東田直樹)などを読みながら、一日中、暖かい部屋で静かに過ごしていた。(もちろん、ビールも焼酎も飲まない臨時休肝日)

『跳びはねる思考』は、重度自閉症の作家・東田直樹さんが執筆してきたコラム(cakesに連載)に書き下ろしエッセイを加えてまとめたもの。22歳になった彼の現在を語るエッセイ集だ。
その本の「はじめに」にはこう書かれている。《僕がどんなに高く跳びはねても、それは一瞬のことで、すぐに地面に着地してしまいます。なぜなら、体というおもりがついているからです。しかし、思考はどこまでも自由なのです。》

何よりも驚かされるのは、自分の内面を明かしながらイメージの世界を自由に駆け巡る、その言葉のドキッとするような素直さと瑞々しさ。

例えば、自閉症の人は、なぜ「挨拶」が難しいのか。それについて彼はこう語る。
《僕には、人が見えていないのです。人が風景の一部となって、僕の目に飛び込んでくるからです。山も木も建物も鳥も、全てのものが一斉に、僕に話しかけてくる感じなのです。それら全てを相手にすることは、もちろんできませんから、その時、一番関心のあるものに心を動かされます。引き寄せられるように、僕とそのものとの対話が始まるのです。それは、言葉による会話ではありませんが、存在同士が重なり合うような融合する快感です。挨拶をするために人だけを区別するのは、本当に大変です。相手が誰だかすぐにはわからないことも、挨拶ができない理由のひとつですが、僕にとっては人間が魅力的な存在ではないからでしょう。》

 震災以降の流行り言葉に関してのこんな感想もある。
《僕が大人になって気づいたことは、理想郷は、どこにもないという現実です。「僕を待っている人」も、脳がつくり出した幻想でしょう。絆というものを、目標を達成するための手段のように使うことがありますが、僕は違うとらえ方をしています。絆は、人が人であることを自覚し、今生きていることを感謝するための祈りの言葉だと思うのです。だから、絆によって人は結びつくのではなく、絆は確かめ合うものではないでしょうか。》

そして、私がこのエッセイの中で最もジーンと胸に沁みた「空いっぱいの青」……
《青空を見ると泣けてきます。空がまぶしいためか、何かを思い出させるからなのかわかりません。その感情に流されながら、青空を見つめ続けると、ふと我に返ることがあります。この「我」とは、何でしょう》
《空を見ている時には、心を閉ざしていると思うのです。周りのものは一切遮断し、空にひたっています。見ているだけなのに、全ての感覚が空に吸いこまれていくようです。この感じは、自閉症者が自分の興味のあるものに、こだわる様子に近いのではないかという気がします。ひとつのものしか目に入らないのではなく、言いようもなく強く惹かれてしまうのです。それは、自分にとっての永遠の美だったり、止められない関心だったりします。心が求めるのです。たぶん、論理的な理由などないでしょう。自閉症者が何かにこだわるのも、説明できるものばかりではないと思います。》
《人の行動は、何を基準に異常だと決められるのでしょう。何度注意されても、なぜ自閉症者は、こだわり行動を止められないのでしょう。僕が青空を見て泣けてくる気持ちは、こだわり行動をしている時の気持ちに少し似ています。せつなくて、寂しくて、どうしようないくせに幸せなのです。》

「せつなくて、寂しくて、どうしようもないくせに幸せ」……こんな言葉と感情に触れると、自分の殻に閉じこもっているのは、寧ろ、私(たち)の方ではないのか?とすら思ってしまう。また、勉強の中で特に関心がある分野は「歴史」、「戦争や差別についてなど、人が繰り返し同じ過ちを犯すことに興味がある」そうだ。
(困ったね~、「定型発達」した私たちは、いつまでも「国家」の幻想に捉われ、その存在を疑わず、戦争や差別を無くす道を忘れてしまったみたいだ。貧困を解消しつつ、戦争や差別を生み出す根源である「国民国家」の解体を促す方向、それを模索し、その道を進むことは見果てぬ夢なのだろうか)

という風に、『跳びはねる思考』を読みつつ、コチラも若干、哲学的?に「思考(夢想?)」した後は、志村けんのコント番組『となりのシムラ』(NHK)で、哀切感漂う「人生」を味わうことに……う~ん、堪らんなあ、この面白さ!(特に、スマホの「予測変換」)、やってくれるなあ、NHK!と、クスクス笑いながら拍手を送った次第。

それにしても、やはり「志村けん」はスゴイ。60過ぎてなお、気負わず、変わらずコントを貫く姿勢が素晴らしい。
昔、数多のタレントを撮影した経験のある知り合いのカメラマンに、「今までで、誰の撮影が一番面白かった」と聞いたことがあるが、彼は「凄かったですよ。完全にボクの負け。やられました!」と言いながら、即座に「志村けん」の名を挙げたっけ……撮影後、100枚を越えるネガを丹念にチェックした際、一枚として同じ顏がなく、震えがくるくらい驚嘆したそうだ。(つまり、連写のスピードより、表情を作るのが速いということ) 天才は、やはりいるもんだ。

2014/12/10

渋谷で、ほろにが珈琲&『白夜のタンゴ』



月曜の朝、デザイナーのH君からメールあり。以前お互いが勤めていた制作会社の社長が亡くなったとのこと。そのお別れ会の案内だった。

ここ数年、年の瀬は思いがけぬ訃報に接することが再々。一人、また一人、縁あって出会った人が亡くなっていく。
否応なく、そういう年になったんだなあ……と思いつつH君に返信&仕事上の用事もあったので「今日、渋谷に映画を観に出かけるけど、その前に会う?」と電話。1時半過ぎにハチ公前で待ち合わせ、道玄坂の「エクセルシオールカフェ」で30分ほど、亡くなった社長と無くなった会社の話をしながら昔を偲び、ほろ苦い珈琲を飲んだ。

その後「じゃあ、20日、お別れ会で」と、店の前でH君と別れ、まっすぐ「ユーロスペース」へ。1450分上映開始の音楽ドキュメンタリー『白夜のタンゴ』を観てきた。

映画の冒頭は、何と、フィランド映画界の重鎮にして世界的名匠、私も大好きな「アキ・カウリスマキ」の仏頂面アップ&モノローグ……
「俺は怒ってるんじゃない…。いや、ちょっと怒っているといってもいいかもしれない。アルゼンチン人はタンゴの起原を完全に忘れてしまっているんだ。タンゴはフィンランドで生まれたものなんだ」(まさかの、出演・カウリスマキ!で、タンゴがフィンランドで生まれた?……ドキュメンタリー映画にして、意表を突くこの始まりの面白さ!)

カウリスマキの主張によると、タンゴは1850年代に現ロシア領のフィンランド東部で生まれ、1880年代に西部へ伝播。その後、船乗りたちがウルグアイ経由でアルゼンチンに広めたのだという。で、アルゼンチン人がその順序も、フィンランドがルーツであることも忘れ、自分たちがタンゴのオリジネイターであると思い込んでいることに彼は腹を立てているのだった。

だが、そのカウリスマキをはじめとするフィンランド人の「フィンランド、タンゴ起源説」を、国を挙げてタンゴに情熱を注いでいるアルゼンチンの人々が、黙って受け入れるわけがない。(特に「俺たちの音楽こそ、世界で唯一の本物のタンゴだ!」と自負するミュージシャンたちは)
「ならば、真実を確かめてやる」と意気込み、喧噪のブエノスアイレスを離れ、静かなフィンランドへ旅立つ3人のアルゼンチン人タンゴミュージシャン……そこから始まる男たちの珍道中は、ドキュメンタリーというよりオモシロ爽やかロードムービーといった風情。

延々と続く森と湖。スカンジナビアの大自然に囲まれ、一本道を車で走り抜ける彼ら。湖畔で休み、サウナに入り、集会場でタンゴを踊る人々と交流してみたり。人の少なさに驚き、のんびりした北欧気質に戸惑い毒づきながらも、各地でミュージシャンとセッションを重ね、いつしかフィンランドに魅了されていく……

というわけで、「タンゴの起原」を探る旅が、タンゴを媒介とした「異文化交流」の様相を呈していくのだが、観ている側も知的好奇心を刺激されながら、3人と一緒にフィンランドを旅しているような気分になれるところがイイ。
そして、旅の終着駅とも言えるフィンランドの名タンゴ歌手レイヨ・タイパレ(カウリスマキの映画『マッチ工場の少女』にも出演)との白夜のセッション……アルゼンチンの情熱的なバンドネオンと、アコーディオンの優しい旋律が重なり、国境を越えて音楽が一つになる瞬間の心地よさ、素晴らしさ。

もう、タンゴの起原がアルゼンチンとかフィンランドとか、どうでもいいじゃん!どっちもいいじゃん!と誰もが気持ちよく納得したところで大団円。フィンランド・タンゴの名曲「サトゥマー」をみんなで演奏し、歌うシーンに再び、アキ・カウリスマキの姿あり!!その愉しげな光景に撮影ライトを向ける彼の口元が、一瞬、私にはどことなく緩んでいるように見えた。

※しばらくは寒い日が続く模様。皆さま、ご自愛のほど。

2014/12/04

文太さんの「サムシング・エルス」



菅原文太さんの死が報じられた日(121日)から一日1作、在りし日を偲ぶつもりで『仁義なき戦い』シリーズのDVDを観ていた。

本棚からも、暫く眠っていた『仁義なき戦い 浪漫アルバム』(1998年・徳間書店刊)を取り出し、再読……「ポスターギャラリー」の中の文太さんを眺め、刺激的な宣伝コピーに目を留めながら、全共闘運動の終焉、「連合赤軍事件」等を契機として閉塞感が漂いはじめた時代に、若者たちの心に凄まじい熱を浴びせ続けたパワフルな群像劇の魅力に、久しぶりに浸った。

その本の中には、「僕が目指したのはバルザックの「人間喜劇」。決まった主人公もいない、勧善懲悪もない、群衆としての登場人物全体のうねりのようなものがエネルギーになるところを、お客さんに伝えたいと思っていた」と語る脚本家・笠原和夫や、「最初は菅原文太じゃなく渡哲也を主役にしようと思っていた」などと製作の舞台裏を話すプロデューサーの日下部五朗、そして「昭和20年の敗戦でガラガラと崩れ去った日本の支配体制が、20年もすると復古調の波に乗ってチャッカリと登場し始めるんです。それが我々焼け跡世代の人間には腹が立って仕方がなかった。『仁義なき戦い』はそういう我々の口惜しさを十分反映させうる素材だったんです。何故ならこれは、古くてズルい大人達にしてやられてしまう若者達のドラマですからね」と胸の内を明かす監督・深作欣二等の興味深いインタビュー記事が載っている。
が、それらファン垂涎のインタビュー記事にも増して、今も忘れがたく目に焼き付いている写真と、心に残るエッセイがある。

写真は、「代理戦争」のB全モノクロ版ポスターに使われたワンショット。海の中、褌一枚、日本刀を手にした裸の文太さんの鋭い眼光、その生きざまを示す全身の入れ墨。その写真の横に《その日が、遂に来た! 盃〈外交〉が生んだ波紋の輪が いま、一人の男〈ヤクザ〉によって広島を赤く塗りつぶす――。》という白ヌキのコピーが添えられている。
カメラマンの富山治夫氏によると、ポスター写真は、徹夜で文太さんの身体に入れ墨を入れて夜明け前に若狭湾で撮ったそうだ。

そしてエッセイは、文太さん自身が「東映映画三十年―あの日、あの時、あの映画」(1981年・東映映像事業部編)に寄せたもの。タイトルは「サムシンズ・エルス」……以下、その全文。

モダン・ジャズが好きで、かねがねモダン・ジャズのような映画を撮りたいと思い、今でもそれは変わらない。
深作さんと格闘しながら撮って、すでに、8年余りになるが『仁義なき戦い』はモダン・ジャズのような映画だったと思う。混沌、喧噪、生々しさ、レジスタンス、荒々しさ、センチメント、アドリブ、それらがあの時大きなボイラーの中で悲鳴をあげていた。
俺ばかりでなく、旭(小林)が、欣也(北大路)が、梅宮(辰夫)が、渡瀬(恒彦)、室田(日出夫)、拓三(川谷)、志賀勝が、金子(信雄)さん、方正(小松)さんが、思えばマイルス・デイビスであり、キャノンボールであり、サム・ジョーンズ、ハンク・ジョーンズであり、アート・ブレーキィ、ボビィ・ティモンズ、リー・モーガンであったと思う。そしてその演奏は、あの年の夏、ニューヨークならぬ京都、広島のゴミゴミした街と、撮影所の薄ら寒いセットで破裂せんばかりに奏でられ、そしてその音は消え去り、今は、再び帰っては来ない。
ミュートをかけたあの哀しい音を、二度と伝えてくれない俺のマイルス。陽の射さない自室にこもり、タフだった唇を閉ざして、サッチモのレコードに聴き入るだけの、しかし永遠のマイルスよ。
俺にももっと狭い、もっと陽のあたらぬ部屋が待っている、その時まで、音程の狂った安楽器を吹き鳴らし続けていよう。
『仁義なき戦い』ララバイ、さらば『仁義なき戦い』よ。

……生前「政治家の仕事はただ二つ。国民を飢えさせないことと戦争をしないことだ」と端的に喝破していた文太さん。きっと、俳優としても人間としても、多くの引き出しを持っていた、粋で見識の高い魅力的な男だったのだろう。

そんな文太さんを送った奥さまの言葉も静かで美しかった。

「『落花は枝に還らず』と申しますが、小さな種を蒔いて去りました」

さようなら、文太さん。これまでも、これからも、私にとっての「サムシング・エルス(格別に素晴らしいモノ)」は、あなたが主役を張った映画『仁義なき戦い』です。

2014/12/01

今日からオンエア


先月に収録を終えたラジオCMが今日からオンエア。(文化放送及びニッポン放送)

この制作に携わって3年目を迎えるわけだが、コピー的には今回の「ライブ編」が一番元気、というか“あったまる感”にパワーがあって、いいんじゃないかなあ……と、勝手に評価していたが、クライアントの会議の席上、音源データで音声を流したところ、何とも言えない微妙な雰囲気になったとか。(社長からも、「私の趣味ではないが、“連呼型”という要望は叶えてくれたのでOK」という寛大かつビミョーな評価を頂いた様子)

私としては、毎週、力強く心を温めてくれる「ごめんね青春」の満島ひかり的シャウトをイメージしたのだが、クライアント的には“ほのぼの系”が良かったのかも……

と思いつつ、制作者自身も「男たち」の一人として声の出演をしている、そのCMをご紹介。


●ライブ編・20秒(「はるオンパックス」バージョン)
SE(ライブの歓声)
観客・男たち(アンコールを求める声の感じで)
    マイコール! マイコール!
    カイロはやっぱりマイコール!
    「はるオンパックス」 マイコール!
ロック系シンガー(女)
ありがとう! この冬も、しっかりあっためるよ~
    「はるオンパックス」貼りまくって行こう~!
♪ あったか、いいね~、オンパックス。


●ライブ篇・20秒(「足ぽかシート」バージョン)

SE(ライブの歓声)
観客・男たち(アンコールを求める声の感じで)
    マイコール! マイコール!
    超うす、あったか足型カイロ
    「足ぽかシート」も マイコール!
ロック系シンガー(女)
    ありがとう! 足の冷える寒い冬なのに
    こんなに温まって「足ぽかシート」サイコー~
♪ あったか、いいね~、オンパックス。

2014/11/30

2年ぶりの「陽水」



木曜(27日)は、井上陽水のコンサートライヴ「氷の世界ツアー2014」を観に、有楽町の「東京国際フォーラム」へ。

開演は午後7時。少し早目に家を出て、新橋辺りでライヴ前の腹ごしらえ……と、3時頃に家を出た。新橋に着いたのは4時過ぎ、昔懐かしい烏森口周辺をそぞろ歩きつつ店を物色したが決まらず、結局、ツレがスマホで探した評判の立ち飲み料理屋に入り(駅から5、6分)、1時間余り呑みながら軽めの夕食をとった。(酒は中生→ハイボール→山田錦の冷や各1杯。肴は、出し巻き、大根・椎茸煮、カニクリームコロッケなど。酒も料理も美味かったが、値段は高めで量は少なめ……コスパの悪い店だった)

さて、25か月ぶりの陽水……前回、高音域がキツそうで、「さすがにもう年かもなあ」と余計な心配をして、あまりノレない夜になったこともあり、今回は大丈夫だろうか?と、若干の不安を抱えつつオープニングを迎えた。が、独特の甘く張りのある声で「ジェラシー」が流れた瞬間、すぐに不安は消えた。(開演は、予定時間を15分ほど過ぎた頃)

それから休憩もとらずに2時間以上(ポールやミックのように水も飲まずに……とはいかなかったが)、名盤「氷の世界」の全13曲をメインに、21曲を歌いきった。(アンコールは、サービス精神溢れる懐かしの4曲)

で、一番頭に残った曲は、ここ2、3日、何故か不意に“♪小春おばさん~ 逢いに行くよ~”と、口ずさんでしまう「小春おばさん」……

♪風は北風、冬風
 誰を誘いに来たのか 子供は風車、まわしまわされ、遠くの空へ消えてゆく 
 小春おばさんの家は 
 北風が通りすぎた小さな田舎町、
 僕の大好きな貸本屋のある田舎町 
 小春おばさん、逢いに行くよ 
 明日、必ず逢いに行くよ

別にどうということのない詞と曲なのに、陽水の声で歌われると大の字がつく名曲になってしまうという摩訶不思議。

そして、タイトル曲「氷の世界」や「愛されてばかりいると」、「とまどうペリカン」など……改めて、その魅力的な声とシュールな詞のセンスに、酔いしれた夜でした。

 ♪窓の外ではリンゴ売り 声をからしてリンゴ売り
 きっと誰かがふざけて リンゴ売りのまねをしているだけなんだろう 
 僕のTVは寒さで 画期的な色になり 
 とても醜いあの娘を グッと魅力的な娘にして すぐ消えた 
 今年の寒さは 記録的なもの こごえてしまうよ 
 毎日、吹雪、吹雪、氷の世界

 

以下、1127日(木)のセットリスト

01 ジェラシー/02 感謝知らずの女/03 Make-up Shadow04 あかずの踏切り/05 はじまり/06 帰れない二人/07 チエちゃん/08 氷の世界/09 白い一日/10 自己嫌悪/11 心もよう/12 待ちぼうけ/13 桜三月散歩道/14 Fun15 小春おばさん/16 おやすみ/17 リバーサイドホテル/18 ジェニーMy love19 愛されてばかりいると/20 とまどうペリカン/21 鍵の数●アンコール

22 アジアの純真/23 夢の中へ/24 少年時代/25 いっそ セレナーデ

2014/11/26

『TATSUMI』&『劇画漂流』



先週の火曜(18日)、ラジオCMの収録が早目に終わったので(昼メシを含め13時前に終了)、当然の寄り道を決め込み、その足で見附から新宿へ。明治通り沿いにある「角川シネマ新宿」で『TATSUMI マンガに革命を起こした男』を観てきた。(上映開始1440分。映画の前に、伊勢丹会館内の「珈琲舎バン」で、『永続敗戦論』を読みながら1時間ほど時間潰し……目からウロコの優れ本)

映画『TSUMI…』は、高度経済成長期の“光と影”を描き続けた辰巳ヨシヒロの自伝的漫画『劇画漂流』を基に、彼の代表的な5つの短編作品(「地獄/HELL」、「いとしのモンキー/BELOVED MONKEY」、「男一発/JUST A MAN」、「はいってます/OCCUPIED」、「グッドバイ/GOOD-BYE」)を挿入しつつ、“劇画の父”と呼ばれた彼の半生を描き出すアニメーション作品。シンガポール映画界の旗手エリック・クーが監督を務め、別所哲也が一人六役の声、辰巳ヨシヒロ本人がナレーションを務める。(別所哲也。暫くテレビで顏を見ないが、こんな所でイイ仕事をしていた!)

で、感想だが……70年代に月間漫画雑誌『ガロ』を愛読していた私のような人間にとっては、何とも言えない懐かしさと哀しさと荒々しさが入り混じったような、不思議な感情に襲われる、堪らなく魅力的な作品だ。
朴訥とした語りに誘われ、その原画の中から抜け出てきたような登場人物たちが、スクリーン一杯に〈動き・這いずり・もがく〉光景は、まさに辰巳ワールド。時代に取り残されていく平凡な人々を描きつつ、時代に反旗を翻し、劇画ブームを起こした男の魂の躍動をまざまざと見るようだ。きっと、人間の欲望と哀しみが生々しく交錯するこの“動く劇画世界”に、世代を超えて多くの人が強烈なインパクトを受けるに違いない。(その生々しさ故、短編の一つ「グッドバイ/GOOD-BYE」が映倫の審査に抵触し、R18+指定の判断を下されるところだったらしい)

事実、パンフレットには、こんな若い世代の声が載っていた。
「なんだろう、この迫り来る哀しさと可笑しさ。圧倒的な力を持った辰巳先生の作品に今出会えて、私は幸せです!」(女優・南沢奈央24歳)
「あっという間に呑み込まれた、辰巳ヨシヒロを知らなかった事を私は恥とは思わない。今こそ我々が知るべきタイミングなんだと思う、スクリーン体験しなくては勿体無い」(俳優・斎藤工33歳)

映画を観てから6日後の24日、西武リブロで『TATSUMI』の基となった辰巳ヨシヒロの『劇画漂流(上・下)』(講談社漫画文庫)を購入。昨日は、日がな一日それを読んで、戦後日本のカルチャー&サブカルチャーを時系列で追いかけながら、マンガで映画『TATSUMI』を追体験するという珍しくも楽しい時を過ごした。(久しぶりの一気読み)

私の生まれた年……漫画雑誌『少年』に「鉄腕アトム」が登場。映画館では「第三の男」が上映され、ラジオからは江利チエミの「テネシーワルツ」が流れていた。




2014/11/22

健さん、映画の思い出



健さんの訃報を聞いたのは、18日(火)正午過ぎ。デザイナーのH君からの電話だった。丁度、ラジオCMの収録が終わり、「メシでも食べましょう」とスタッフに誘われ、赤坂見附のスタジオを出て路上を歩いている時のこと。

仕事がらみの電話の途中で「健さん、死にましたね」と唐突に告げられ「えっ!?」と驚いたが、高齢ということもあり、特別のショックはなかった。道すがら「これで、戦後のスターがほとんどいなくなったね~。残るは、長嶋茂雄……だけか~」と、誰に話すでもなく呟いただけ。

翌朝、新聞の追悼記事の最後に、隣駅にある「Tジョイ大泉」に献花台が設けられているとの記載あり。「近くだし、花を手向けに行こうか…」と少し心が動いたが、人間・高倉健は慕っているものの、20年以上も健さんの映画から離れている自分に俳優・高倉健のファンたる資格はなし。「Tジョイ大泉」で観たい映画もなかったので、献花に行くのは取り止め。今まで観た健さんの映画を改めて思い起こすことで、哀悼の意にかえることにした。

というわけで、私が過去に観た「高倉健」主演の映画は、以下の通り。(ウィキペディアの助けを借りて記憶を辿った)

網走番外地シリーズ/昭和残侠伝シリーズ/山口組三代目(1973年)/三代目襲名(1974年)/新幹線大爆破(1975年)/八甲田山(1977年)/幸福の黄色いハンカチ(1977年)/冬の華(1978年)/遥かなる山の呼び声(1980年)/駅STATION1981年)/南極物語(1983年)/居酒屋兆治(1983年)/あ・うん(1989年)

その中で、最も忘れがたい映画と言えば、1970年代半ばに任侠映画専門の名画座「新宿昭和館」で観た『昭和残侠伝 死んで貰います』(監督マキノ雅弘/東映・1970年)……ラスト、健さんの「ご一緒ねがいます」という声が張り詰めた館内に響いた、風間重吉(池部良)と花田秀次郎(健さん)の道行シーン。雪の降る野道を番傘をさして歩く二人の姿のカッコ良さ。バックに流れる「唐獅子牡丹」が胸に沁みた。
親に貰った大事な肌を 墨で汚して白刃の下で 積もり重ねた不幸のかずを 何と詫びようかお袋に 背中で泣いてる唐獅子牡丹~

『幸福の黄色いハンカチ』(監督・山田洋次)で印象に残っているのは、勇作(健さん)が欽也(武田鉄也)に親父ギャグ的説教をするシーン。「今日のお前の行動は、おれの所では“草野球のキャッチャー”と言うんじゃ。わかるか!! 」「えっ?」と訝る欽也(鉄也)に少しはにかみながら一言。「“みっともない(ミットも無い)”と言う意味だ」……(もちろん、映画としても今さら言うまでもない名作。健さんと倍賞千恵子の共演も新鮮だった)

『冬の華』(監督・降旗康男/脚本・倉本聡)は、残侠伝の名コンビ「花田秀次郎」と「風間重吉」の久しぶりの共演が嬉しかった。映画の冒頭、健さんと池部良の二人が並ぶ海辺のシーン、そのやりとりは「昭和残侠伝」シリーズが蘇ったかのよう。健さんの役名も「秀さん(加納秀治)」だった。
作品全体に漂う哀愁、ムショ帰りの主人公に不似合いな(?)シャガールの絵とチャイコフスキーのピアノコンチェルトが妙に効いていて、降旗監督作品としては最も好きな作品。でも、マキノ雅弘のように美意識の高い監督が撮れば、もっと素晴らしい作品になったのでは?と今でも少し残念に思う。

『駅STATION』(監督・降旗康男/脚本・倉本聡)は、「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、モチも美味しゅうございました」で始まる元オリンピック代表のマラソン選手・円谷幸吉氏の遺書が流れる場面が、健さんの厳しい顔のアップも含めて最も印象的。「のっけから、こんなに切なく美しい文を読み聞かせるなんて、ちょっと反則でしょ!」と、胸の中に文句を溜めながら、自然に涙腺が緩んでいた覚えがある。また、客のいない居酒屋にふと立ち寄った健さんが、桐子(倍賞千恵子)と出会う所も忘れられない名シーン。テレビには紅白歌合戦で歌う八代亜紀の姿……名曲「舟唄」が流れる中、カウンターの三上(健さん)に肩を寄せる桐子。その二人の姿が温かく、羨ましかった。

そして、隠れた?名作『遥かなる山の呼び声』(監督・山田洋次)……主人公・田島(健さん)に判決(傷害致死で懲役2年以上4年以下)が下され、護送の刑事と共に網走に向かう汽車の中。その汽車に民子(倍賞千恵子)と虻田(ハナ肇)が乗って来る。虻田の“ハナさんらしい一人芝居”の橋渡しによって健さんの席の隣に座った民子は、万感の思いで健さんを見つめる。健さんの目にも涙が……「ハンカチ渡していいですか?」と刑事に許可をとった民子が、「はい」と健さんにハンカチを差し出す。それをくしゃくしゃになるまで握り締め、眼をふき、鼻を拭い、それでも溢れる涙を見せまいと、車窓からじっと外を見つめる健さん。その切なく熱い胸の鼓動に合わせるように、北の大地をひた走る汽車。その空撮シーンで、映画は終わった。この映画を観た後、「だって健さんが鼻水流して泣くんだぜ。もう黙って泣くしかないだろ!」と友人たちに話し、「お前も泣くぞ、観てみろよ」と仕切りに勧めていた気がする。
それにしても山田洋次は巧すぎてズルい。「この程度の話で、泣くわけにはいかない」と思いつつ、結局、最後に泣かされてしまう。(でも、この映画だけは、山田監督ではなく、健さんに泣かされた!と思っている)

その他、『八甲田山』及び『南極物語』以降の作品に関する感想は特になし。(原作の印象につられて観にいった『居酒屋兆治』と『あ・うん』には、落胆の記憶しかない)

と書いているうちに、それぞれの作品との出会い、それを観た時の自分の状況が思い出され、妙な気分になってしまった今日。買い物ついでに地元のTSUTAYAを覗いてみたら、案の定「高倉健コーナー」は、貸出中の作品ばかり。私も年が明けたら、『昭和残侠伝』シリーズをもう一度観なおしてみようと思う。

健さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。どうぞ、安らかに。

2014/11/12

先週の話②(羽生クンの件)



週明け、8日のフィギュアスケートGPシリーズ第3戦・中国杯での羽生結弦選手の件が、新聞・テレビを賑わせていた。

競技終了後、ツイッターなどインターネット上では「日本の誇り」「感動した」などという声が相次いだそうだが、何でもかんでも感動すりゃあイイってもんじゃない。あの異様な光景を目撃した後で、よくそんなことが言えるなあ……と思う。(さては、この国には「感動したい病」でも蔓延しているのだろうか?)
また、負傷しながらも演技を続行した羽生選手の“闘う姿勢”を「真のプロフェッショナル」と称える声も聞いたが、予期せぬ状況でも精神をコントルールし、肉体的コンディションを正しくジャッジする冷静さを持っているのが本当のプロフェッショナル(のはず)。詳細な検査も受けず、頭に包帯を巻き、顎に絆創膏を貼った痛々しい姿で、華やかな競技のリンクに立つべきではない。自分の逸る気持ちを抑えて無謀な行動を慎むのが世界トップの選手として取るべき態度ではなかっただろうか……
と、かつて単細胞の元首相が「感動した!ありがとう」と称えた「貴乃花VS武蔵丸」戦後の貴乃花の姿&世間の反応と(右膝の亜脱臼で全治2か月の負傷者と戦わされた「武蔵丸」が気の毒だった)、今回の羽生選手の姿が重なり、テレビを観ながら「棄権しなきゃダメ!」と声を発し、完全に引いてしまった私だが、そんな中年男の反応はさておき、彼に憧れる子供たちにも、間違ったメッセージを送ってしまったような気がして殊更残念に思う。羽生結弦の傑出した才能に感嘆し、その演技に魅了されてきた一人として、あえて苦言を呈したい。

で、羽生くん絡みのモヤモヤ気分は、日曜の『ごめんね、青春!』でスッキリ解消。名言、迷言飛び交う中で、とりわけ輝く「満島ひかり」……今回も出ましたキレッキレの名セリフ「人生は一度きりなんです!ガッついていこう!

※今夜は、池袋『酒菜屋』で友とサシ飲み。「人生は一度きり!落ち着いて飲もう!」

先週の話①(映画)


連休明けの4日から取り掛かったコピー(ラジオCM用)も程なく書き終え先週末に提出、即OKの返事。クライアントの評判も上々とのことで、まずはメデタシ。気分的に軽くなった土曜日(8日)は新宿に出かけ、武蔵野館で『誰よりも狙われた男』(監督アントン・コルベイン/製作2013年、米英独合作)

スパイ小説の名手ジョン・ル・カレの同名小説を映画化、今年2月に46歳の若さで急逝した名優フィリップ・シーモア・ホフマンの遺作となった作品……舞台はドイツの港湾都市フランクフルト、登場するのはドイツの諜報部員たち(および介入するCIA)。P.S.ホフマンはそのテロ対策チームのボス「ギュンター・バッハマン」を演じる。

監督アントン・コルベインは、本作の映画化を決めた理由をこう述べている。
「現在、(アメリカが関わる様々な戦争・紛争が)対テロ戦争だと叫ばれる中、911後の世界はアメリカだけでなく世界中の状況を大きく変えてしまった。この物語でひかれたのは、どれだけ(対テロ戦争の影響が)我々の日常生活に反映され、簡単に人を判断し、全てを白か黒かではっきり見ているというところだ。この映画は白か黒かではなく、様々なグレーの部分が中間にあり、(それを尊重し、簡単に善悪を決めない)非常に人間味豊かな物語なのだ。(だが)多くのアメリカ人はそのような見解を持たない。彼らは常に“正しいか間違っているか”瞬時に決めるのだ。私にとって、このように私たちの日常生活に影響を与える仕事をすることこそ重要だと感じていたんだ」

……なるほど。映画の中でイスラム過激派として国際指名手配されていた密入国者イッサを巡るアメリカとヨーロッパの対立(本作の場合は、白黒を速断するアメリカVSグレーの部分を尊重するドイツ)、誰もが別の目論見と考えを持ちながらもそれを隠し、「世界の平和のため」と、異口同音に自分たちの諜報活動を正当化するあたりが、この映画のキモということか。(平和の為に軍隊が必要、平和の為に集団的自衛権が必要、平和を守ってもらうためにアメリカと一緒に戦う……そんな矛盾と詭弁の中で私たちも生きている)

そんなことを思いつつスリリングな心理戦に目を凝らす2時間余り…P.S.ホフマンの圧倒的な存在感、その渋い個性と迫真の演技にシビレながら、「そういうことね!」とタイトルの意味が腑に落ちるラスト。「バッハマン」が車のフロントガラスの向こうに消えていく、その完璧なフレーミングが、P.S.ホフマンの突然の死を表しているようにも思えて切なく胸に残る。(酒と煙草と孤独。哀愁漂う後姿を私たちの目に焼き付け、彼は、スクリーンからもこの世界からも消えてしまった。改めて合掌)

そして、エンドロールに流れた曲は、トム・ウェイツの「Hoist That Rag」……う~ん、とことん渋い!





2014/11/03

秋の京たび


秋だ「そうだ 京都、行こう」……というわけで、23日の旅をざっくりと。

1日目(1029日):国立博物館→祇園、先斗町、木屋町

午後1時過ぎ京都着。ホテルに荷物を預け、三十三間堂近くの国立博物館へ。特別展「国宝 鳥獣戯画と高山寺」(修理完成記念)目当ての長い列に加わり(1時間待ち)、館内に入ったのは3時半頃。さらに「鳥獣人物戯画」を観るために20分ほど並び、すべて観終えて博物館を出たのは5時近く。その足で祇園に向かい、商店街の喫茶「カトレア」(創業60年以上の純喫茶)で一休み。その後、四条通りをそぞろ歩きつつ木屋町方面へ。自家製豆腐料理店「豆水楼」の暖簾をくぐり、湯豆腐で一杯。











2日目(1030日):勧修寺、醍醐寺、平等院、三室戸寺、萬福寺

9時にホテルを出て、定期観光バス(950分発)で、醍醐寺・宇治方面へ。
最初の拝観場所は野趣溢れる庭園が魅力的な勧修寺(かじゅうじ)。水面輝く氷室池にはハス、花菖蒲、カキツバタなどが植えられ、初夏から夏にかけて庭園を美しく彩るそうだ。

秀吉の“醍醐の花見”で有名な醍醐寺は三宝院のみの見学(庭園を眺める外国人旅行者多し)。気分的・時間的にやや物足りなかったが、美しい空間を堪能。
「人の成功、失敗、1200年ぶん。京都は勉強になります。」というJR東海のポスター・コピーが頭に浮かんだ平等院は、約950年前、藤原氏最盛期に建てられた「鳳凰堂(阿弥陀堂)」が今年9月に約60年ぶりの大規模修理を終え、一般公開されたばかりということで、長蛇の列(2時間待ち)。そのため拝観は叶わず散策のみ。(残念!)
三室戸寺は「あじさい」の名所として有名、芭蕉の句『山吹や宇治の焙爐の匂ふとき』が刻まれている句碑あり。



ツアー最後の見学場所「萬福寺」は、1661年に中国の高僧、隠元禅師によって建てられたお寺。そのため、建築・仏像など中国様式でつくられ、至る所に中国っぽい雰囲気が漂う。鎖国の時代でも、人の心はオープンだったのだなあ……と思いつつ、魅力的な声の僧侶ガイドの案内に耳を傾ける。スイカ、蓮根、精進揚げ、けんちん汁、インゲン豆、そしてダイニングテーブルに椅子……すべて、隠元禅師が日本に持ち込んだ“おみやげ”とのこと。勉強になりました。(午後4時半、京都駅前着)




3日目(1031日):興正寺、西本願寺、東本願寺、京都タワー

駅前地下街(Porta)のイノダコーヒーで「京の朝食」をとった後(京都に来たら、ここのモーニングは外せない!)、一端部屋に戻り、まとめた荷物をコインロッカーに入れ、10時過ぎにホテルを出発。まっすぐ西本願寺へ向かう。(駅から歩いて15分ほどで到着。隣のお寺「興正寺」にも立ち寄り、15分ほど拝観)




世界遺産にも登録されている西本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山。親鸞聖人の没後、娘の覚信尼が現在の知恩院付近に廟を建てて御影堂としたのが起こりとされ、現在の場所に移ったのは、天正19年(1591年)とのこと。桃山文化の代表建築らしく、実に重厚・広大、しかも豪華絢爛で、庶民の味方・親鸞のイメージとはあまり重ならないが、秋の特別公開「飛雲閣」「仏飯所」、「波の間」や樹齢400年の大銀杏も含め見所・見応え十分のお寺だった。(本堂では、親鸞の教えを説く僧侶の声に耳を傾けながら暫し瞑目。門の外では、見学に飽きた?子供たちが遊んでいた)


西本願寺から東本願寺までは、徒歩で10分ほど。道すがら、路地を覗いていたら「さかな串谷」の看板が目に留まり、気になって入店。町の小さな「魚屋さん」の店内には、見るからに美味そうな魚と惣菜がキレイに並べられていて、思わずニンマリ。晩メシのおかずに、金串に刺してあった鰤の照り焼きとカニの身、湯葉とキノコの和え物、お新香などを買う。(実にうまかった!)
東本願寺は、真宗大谷派の本山。御影堂は西本願寺と比べてもかなりの大きさだが、雰囲気的には大幅スケールダウン。おまけに阿弥陀堂が修復工事中のため拝観できず「ここは、さらっと眺めるだけでいいかも」と、10分ほどで門を出た。(途中、白壁沿いを歩くサギの姿あり。修学旅行生の姿も目に付く)
初めて入る「京都タワー」の1階フロアは、少し狭い「東京タワー」という懐かしい風情。展望台には向かわず、大浴場(スーパー銭湯)があるというレトロな地下を散策。銭湯は写せないので、そのフロアにある床屋さんをカメラに収めた。その後、地下通路を抜け京都駅へ。駅内の京都茶寮で抹茶を飲んで一休み。伊勢丹で昼食代わりの鯖寿司、売店でビールを買い1520分頃「のぞみ」に乗り込み、帰路に就く。







2014/10/28

イラクは、遠くなりにけり?



昨日は、夕方4時から赤坂見附でラジオCM制作の打合せ。

その前に、東中野に寄り、「ポレポレ座」で、午後1時上映開始のドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』(撮影・監督:綿井健陽)を鑑賞。(2014年制作・108分)

20033月の米英軍によるバグダッド空爆から始まったイラク戦争……一体何のための、誰のための戦争だったのか? 
何十万ものイラク人の命が奪われ、その犠牲の上で巡ってくるはずだった“イラクの春”も砂塵の彼方に霞み、今では、戦前以上の独裁じゃないか、という不満が、宗派、民族を問わず噴出し、内戦も一向に収まっていない。

(「イスラム国」の残虐さを非難し、その勢力の拡大・拡散を恐れる前に、忘れちゃいけないことがある)

「私はすべての責任は米国にあると思う。アメリカだけじゃなくアメリカを支援・支持したすべての国々にあると思う。自衛隊をイラクに派遣した日本にも」……米国の誤爆によって両脚を失った24歳の女性ザイナブさんの言葉が胸に刺さる。

ポレポレ座を出たのは午後3時過ぎ。大江戸線で一駅の中野坂上で乗換え、見附へ。

代理店での打合せは正味10分程度(訴求点の確認のみ)、あとは「『ごめんね青春!』観てる?」「観てますよ!」「満島ひかり、相変わらず飛ばしてるよね~」「キレッキレですよね~」といった具合の雑談20分。(CMコピー案は、今週中はぼんやりと考えて、来週頭から書き出す予定)

帰りがてら、池袋・西武リブロに寄って『永続敗戦論』(著者・白井聡)を購入。でも“旅の友”としては適さないか?……

というわけで、明日から、23日で京都へ。

京都国立博物館と醍醐寺に行くことと、イノダの珈琲を飲むことだけは決まっている。