2013/12/31

忘年会&「ザ・タイガース」


一昨晩は、今年最後の「忘年会」。新宿駅近くの居酒屋「銀波」に40年来の仲間10人が集まった。
宴会は18時スタート。料理は店の定番「銀波コース」(プレミアム飲み放題付)を頼んでいたのだが、料理の出方が妙に遅い。その反動だろうか、酒の飲み方は異常なほどにハイピッチ。瞬く間にテーブル上の徳利が空になり(「八海山」だけで2升は空けた)、「これでまだ序の口ですか?!……勘弁してください」と、店の人が悲鳴に近い驚きの声を上げたほど。でも、飲んだ分、ひたすら喋って声を出しているせいか、凄まじい酒量の割に酔い潰れるヤツもなく無事一次会終了。店員さんの安堵の声に送られて、8時過ぎにフラフラと店を出た。

二次会は3年ぶりのカラオケ。みんなそれぞれオハコの曲を歌っていたが、私は「歌える曲より歌いたい曲」を3曲。陽水&清志郎の「帰れない二人」、サザンの「栄光の男」、岡林信康の「君に捧げるラブソング」を熱唱(?)……途中、メロディーが分からなくなって躓いたので、歌のデキとしては完全に赤点だったが、歌っては泣き、泣いては歌う酔い泣きのオバサンをオッサンたちで優しく宥めつつ、会を楽しく〆ることができたので良。また、来年の再会を誓って22時過ぎに散会した次第。

さて、今年も今日一日……哀しいことやムカつくことも多々あったが、年の瀬に東京ドームで「ザ・タイガース」の復活を見届けることもできたし、何とか心穏やかに楽しく2013年にサヨナラできそうだ。

というわけで、遅ればせながら、44年ぶりにオリジナルメンバー5人で“復活ツアー”を行ってきた「ザ・タイガース」のファイナル公演を軽く紹介。

公演は2部構成になっていて、第1部はビートルズ、ビージーズ、ストーンズなどのカヴァー曲中心で、第2部は懐かしのオリジナル・ソングス。開演は1830、観客は驚きの45千人(当然ながら中高年女性の数多し)……ストーンズの「サティスファクション」で幕が開いた。
1部の途中では、病気療養中の「岸部シロー」が車椅子で登場。消え入るようなか細い声で精一杯「イエスタデイ」を歌い上げると、静まり返っていた会場が拍手の嵐に包まれた。(全演奏終了後に、一徳兄さんが「音楽をやめて30年ですが、タイガースの一員で良かった。兄弟でこのステージに立てるのは奇跡かな」と感激していた姿が印象的)
ようやくジュリーと完全和解(?)した「加橋かつみ」のハイトーン・ボイスも健在(でも、ビブラートを効かせすぎ!)。ドラム好調の「瞳みのる」は、楽しくてしょうがないといった風で時折ステージ上で飛び跳ねていたが、歌は赤点領域なので止めた方が……

で、開演から1時間ほど経ったところで「ここで30分の休憩をとります」とのアナウンスが流れ、「え~っ、もう?しかも、長っ!」と呆気にとられたが、客層を考慮してのことだろうか。休憩時間中のトイレは男女共、長蛇の列だった。

休憩後の第2部はほぼ「ジュリー」の世界。独特の情感がこもった歌の上手さは相変わらず。オープニングの「十年ロマンス」から、デビュー曲の「僕のマリー」、「落葉の物語」と続き、40数年前のアルバム「ヒューマン・ルネッサンス」からの3曲(「命のカンタータ」「忘れかけた子守唄」「廃墟の鳩」)を挟んで、「モナリザの微笑」「銀河のロマンス」……と、いま改めて聴くと恥ずかしくなるほど甘美な詞に彩られた、おとぎ話のような愛の世界を魅力たっぷりに力強く歌い上げていった。

そして「I UNDERSTAND」を歌い終った後、蛍の光のメロディーに乗せてジュリーが語り始めた。
「みんな今日まで生きてきました。みんな今日も生きています。みんな明日も生きていきます。今日の公演が皆さんの思い出の一つになってくれれば幸いです」

ふと頭の中を、中学を卒業する間近、スキー教室の宿で聴いた「銀河のロマンス」の甘い旋律が過ぎり、「反戦」「革命」「権力」などという言葉から遠く生きていた自分、その時に見ていた淡い夢への思いが胸に去来した。

 
《第2部(オリジナル・ソングス)のセットリスト》

十年ロマンス
僕のマリー
落葉の物語
命のカンタータ
忘れかけた子守唄
廃墟の鳩
モナリザの微笑
銀河のロマンス
青い鳥
花の首飾り
君だけに愛を
シーサイド・バウンド
I UNDERSTAND
ラヴ・ラヴ・ラヴ

《アンコール》
タイガースのテーマ(モンキーズのテーマ曲)
美しき愛の掟
色つきの女でいてくれよ

 
以上で本年のブログは終了。これから私は池袋・東武へ、大晦日恒例の食材調達に出かけます。

それでは、皆さま、良いお年を。

 

2013/12/30

勝手に、コトノハ「映画賞」(2013)


2013年に観た映画の総括にかえて。

 
《外国映画部門》

●最優秀作品賞

 『もうひとりの息子』(フランス/監督:ロレーヌ・レヴィ)

●優秀作品賞

 『きっと、うまくいく』(インド/監督:ラージクマール・ヒラニ)

 『ハンナ・アーレント』(ドイツ・ルクセンブルグ・フランス/監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ)

●監督賞

 マルガレーテ・フォン・トロッタ(『ハンナ・アーレント』)

●主演男優賞

 ローガン・ラーマン(『ウォールフラワー』)※瑞々しい演技に。

●主演女優賞

 バルバラ・スコヴァ(『ハンナ・アーレント』)※圧倒的な存在感に。

●助演男優賞

 イ・ジェフン(『建築学概論』)※ヘタれで哀しい青春に。

●助演女優賞

 ジュディ・デンチ(『マリー・ゴールドホテルで会いましょう』)※さすがの存在感に。

●長編ドキュメンタリー映画賞

 『シュガーマン 奇跡に愛された男』(スウェーデン・イギリス/監督:マリク・ベンジェルール)
 ※『ビル・カニンガム&ニューヨーク』にも拍手。

 

《邦画部門》

●最優秀作品賞

 『舟を編む』(監督:石井裕也)

●優秀作品賞

 『そして父になる』(監督:是枝裕和)

●監督賞

 園子音(『地獄でなぜ悪い』)※過剰な映画愛と過激な映画魂に。

●主演男優賞

 松田龍平(『舟を編む』)※「あまちゃん」のミズタクも良かった。

●主演女優賞

 該当者なし

●助演男優賞

 リリー・フランキー(『そして父になる』)※ピエール瀧にもあげたい。

 堤真一(『地獄でなぜ悪い』)※スキルの高い顔芸に。

●助演女優賞

 二階堂ふみ(『地獄でなぜ悪い』)※キュートでエロ怖い演技に。

●長編ドキュメンタリー映画賞

 『オース!バタヤン』(監督:田村孟太雲)

 『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』(監督:宍戸大裕)

●特別賞

 『風立ちぬ』(監督:宮崎駿/製作:スタジオジブリ)
 


以上、来年も至極の一本に出会えますように。

2013/12/25

サディスティックなサスペンス


ポスター(コンペ)用のコピーを書き上げ、PCでデザイン案をチェック&決定して、年内の仕事はほぼ終了。後は、年賀状書きと大掃除を済ませ、映画、ライブ(ザ・タイガース!)、忘年会などのイベントに興じつつ、新年を迎えるだけ……なのだが、ラジオから流れてくるクリスマス・ソングの響きに心躍ることもなく、何故か心急く年の瀬。
ブログもそろそろアップしなくては……と思い、まずは先週(20日)、新宿武蔵野館で観た『鑑定士と顏のない依頼人』(監督は『ニューシネマパラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ)の紹介&感想から。

この映画、NHK「あさイチ」の中でも紹介されていたらしく、タイトルもキャスティングも地味な割に平日昼間の館内は満席状態。私たち同様に中高年夫婦&中高年女性グループの姿が目立つ。
だが、そんな5060代の観客(特に男性)の心を抉るような、情け容赦のない無慈悲な結末が待ち受けている作品なのでご用心。映画序盤の淡々とした流れに、眠気を誘われたとしても、決して“地味な映画”などと侮ってはいけない。途中からぐいぐい物語に引き込まれ、スクリーンに目が釘付けになること必至(のはず)。

 で、簡単にストーリーを紹介すると……

主人公ヴァ―ジル(ジェフリー・ラッシュ)は、並外れた審美眼を持つ「美術品鑑定士」にして名うてのオークショニア。極度の潔癖症で、生身の女性と接したことも付き合ったこともないという少し薄気味悪いほど屈折した初老の男だが、その代替行為なのか美女の肖像画収集に執心。ホテルのような自宅に秘密の隠し部屋を設け、そこに飾った無数の高価な絵画(美女オンリー!)を眺めることを唯一の趣味(悦楽?)として暮らしている。
そんな彼の元に、クレアと名乗る若い女性から「死んだ両親が残した美術品の査定をしてほしい」という依頼の電話が入る。初めは横柄に断るのだが、何度もかかってくる切迫した電話の声が気になり依頼を受けることに。しかし、査定の日に何故かクレアは姿を見せない。ヴァ―ジルは不信感を募らせ苛立つが、謎めいた「クレア」の態度・行動に好奇心を抱き、対人恐怖からか自室に閉じこもって暮らしている彼女の姿を覗き見した瞬間から一気に惹かれていく……というミステリアスな展開。

その後は推して知るべし。初めて知る恋の歓びに、冷静沈着かつ尊大な「鑑定士」の身も心もメロメロ。周到に張り巡らされたトリックに気づく由もなく(恋は盲目)、破滅の落とし穴にまっしぐらという、哀しくもサディスティックなサスペンスだが、「若い娘が、下心なしにキモいオヤジに惚れるわけがないじゃん!」と、中年男のアホさ加減が際立つ切なく惨めなラストシーンを見ながら、ひとり自分の胸で呟き、老いてゆく人生への警告として味わうのも一興。

現在的に「若い女性と、いい仲になりたい」という飽くなき妄想に駆られている、あるいは「若い娘にモテている」と錯覚しているご同輩諸氏には、特にお薦めしたい一本。(音楽は巨匠エンニオ・モリコーネ、上映時間131分)

 
では、では、良き人生を……メリー・クリスマス!

2013/12/19

無思考という「悪」――映画『ハンナ・アーレント』を観て。


《今年になって目立ったのは、様々な社会的「弱者」がバッシングを受けたこと、「従軍慰安婦は戦争につきもの」という政治家や、「子どもが生まれたら会社を辞めろ」という女性評論家が現れたこと、そして、新しい政権が、強硬な政策を次々と打ち出し、対話ではなく力でその政策の実現を図ろうとしていることだった。さらに不思議なのは、力を誇示する政治家たちが、同時に力とはおよそ正反対な「愛(国心)」ということばを叫ぶことだった。誤解を恐れずにいうなら、わたしには、この国の政治が、パートナーに暴力をふるう、いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者に酷似しつつあるように思える。彼らは、パートナーを「力」で支配し、経済的な自立を邪魔し、それにもかかわらず自らを「愛する」よう命令するのである》
と、今朝の朝日新聞で(論壇自評)、高橋源一郎さんが述べていたが、けだし同感。この先、ますます右に傾きながら「DV国家」は何処へ向かっていくのだろう。

 
さて、話は変わって、2週間以上前に「岩波ホール」で観た映画『ハンナ・アーレント』(監督マルガレーテ・フォン・トロッタ)……

高名な哲学者から一転、世界中から激しい非難を浴びた女性ハンナ・アーレント。あの“知の巨人”松岡正剛が「思考するヴァイタリティ」とまで呼んだ、彼女の思考の核と複雑な魅力に迫った力作だ。(冒頭からラストまで、煙草を手放すことなく思索するアーレントの姿が、実に魅力的)
なので、アーレントの著作を一冊も読んだことがない。尚且つ彼女が哲学者であることすら知らなかった人には(わたしのように…)、少々敷居が高い映画のように思われるかも知れないが、そんなことはない。日頃から政治や社会問題に関して拙いながらも思考を重ねている映画好きの人なら、十分に理解&共感できる作品であり、人によっては胸が震えるほどの感動を得ることができるはず。(わたしのように…)

 で、どのような内容かと言うと……

主人公「ハンナ・アーレント」は、第二次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人。
映画は、ナチス親衛隊で何百万のユダヤ人を強制収容所に移送した責任者アドルフ・アイヒマンが、1960年、逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報部(モサド)に逮捕された場面から始まる。
当時、ニューヨークに住んでいたハンナ・アーレントは、アイヒマンの裁判の傍聴を熱望、「ザ・ニューヨーカー」誌にそのレポートを書きたいともちかける。著書『全体主義の起原』で既に名声を得ていたアーレントの要望は、即座に受け入れられ、1961年、彼女はイスラエルに向かう。

その地で、ユダヤ人にとって冷酷非情な怪物のような存在であった人物の歴史的裁判が始まるのだが……そこで見たアイヒマンの姿は、ごく普通の、というか虚ろな表情をした線の細いさえない男(映画の中でも実際の裁判映像が流れる)。
その答弁も一貫して、「忠実に仕事をこなす」とナチス親衛隊入隊時に誓った言葉通り「上から与えられた指示通りに、何百万というユダヤ人を強制収容所に移送すること。それに異を唱えることも、良心の呵責を感じることも、その行為が良いことかどうか考えることも、一切しなかった」というもので、原告側が、実際に強制収容所に収容された人や家族・親族・友人を虐殺され悲嘆と怒りに震える人々を証人として揃え〈非人道的(な怪物)〉だと、感情的にアイヒマンを糾弾し攻めたてても、論理的に彼を断罪できず“暖簾に腕押し”状態。だが、アーレントだけは、その凡庸な姿にアイヒマンの罪と悪の深さを見ていた。
「善悪を判断することなく、思考を停止し、ただ命令に従った」こと、その「無思考性」によって引き起こされた「悪の陳腐さ」こそ、彼の責められるべきところではないかと。

そして、《アイヒマンは凶悪な怪物ではなく、上官の命令を黙々と遂行する凡庸な官吏のごとき存在にすぎない。その思考する能力の欠如こそが未曾有のホロコーストを引き起こした》という論旨の長編レポートが、一部のユダヤ人指導者たちがナチスに協力していたという汚点も含め、「ザ・ニューヨーカー」に5回に渡って発表される。
だが、「アイヒマンは命令に従っただけで反ユダヤではない」というアーレントの主張に、ユダヤ人社会は「アイヒマン擁護だ!」と激怒、彼女は「非ユダヤ人」として一斉に叩かれ、客員教授を務めていた大学からも辞職勧告を受ける……(わたしには、このアーレントの姿が、地下鉄サリン事件の際に「オウムの擁護者」と非難を浴びた、亡き吉本隆明さんとダブっても見えた)
映画は、それでも断固として主張を曲げなかったアーレントの、存在をかけた魂のスピーチでラストを迎えるのだが、その気迫に満ちた一言一句は、まさに感動モノ。時代と民族を超えて、明日を生きる人々の胸に、カーンカーンと強く高く響き渡る警鐘のように聞こえた。
《“思考の嵐”がもたらすものは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう》

以上、かなり長い「あらまし」になってしまったが、今日の〆に私が最もシビレた所を紹介……

 映画の終盤、家族同然の付き合いをしていた友人クルト(ユダヤ国家再建を願うシオニスト)が、アーレントを激しく詰問し、彼女がそれに答える場面。

クルト  「イスラエルへの愛は? 同胞に愛は無いのか? もう君とは笑えない」
アーレント  「一つの民族を愛したことはないわ。ユダヤ人を愛せと? 私が愛すのは友人、
                  それが唯一の愛情よ」……「クルト、愛してるわ」
 
もう、一気に鳥肌。「DV国家」が強要する「愛(国心)」など、クソくらえ!

2013/12/13

ミランの10番!


先日、友人から「まだ読んでないなら送るよ」と、宅配便で一冊の本が送られてきた。

万城目学の最新作『とっぴんぱらりの風太郎』だが、開けてビックリ、すごいボリューム(厚さ5cm以上、750頁にも及ぶ大長編)……最近ようやく読みだした田中慎弥の『燃える家』も600頁近い長編で、2冊合わせて、眩暈がしそうな1350頁。
年内読了を目指したいが、このところ活字を追っているとすぐ眠くなるし、2冊とも持ち歩きには向かないし、1100頁は無理だなあ。と、数ページ読んだ段階で、早くも挫折の予感。

で、一昨日は、その本を送ってくれた友人+デザイナーのueちゃんと、池袋「酒菜屋」で仕事の打上げ&打合せを兼ねたミニ忘年会。全国の銘酒を豊富に揃えている店だけに、生ビール1杯で日本酒にチェンジ、名物の出し巻き玉子や七輪で焼く干物を肴に、越後村上の酒「大洋盛」(絶品!)、山口の「貴」(キリっと辛口)などをグイグイ飲み続けた。
酒席の話題は、仕事、サッカー、世情など。酔いが回って、話の内容はほとんど覚えていないが「本田がミランへ行ったら、長友のインテルとのミラノ・ダービーを見にイタリアへ行きたいなあ」……と、かなり本気の戯言を口走っていたような気がする。

そんな言葉が遠くイタリアに届いたというわけでもないだろうが、千鳥足で家に帰ったら「さっきニュースで、本田がミランに決まったって言ってたよ。背番号は10番だって」と、サッカーファンでも、本田ファンでもない家人から朗報あり。「えっ、10番!ホントかよ!」と、酒の酔いも手伝って歓喜の声を上げてしまった。

だって、日本人選手がミランの10番だぜ~!!(10年前に、誰が想像できただろう?)……

名将アリゴ・サッキの黄金時代(80年代)、“ミランの10番”を身に着けていたのは、ドレッドヘアのテクニシャンとして世界を魅了したオランダ代表のフリット、次に(93年~98年)その番号を引き継いだのは“ジェニオ”(天才)と呼ばれ10番の象徴的存在になった旧ユーゴスラビア代表のサビチェビッチ(現モンテネグロサッカー協会会長で、本田を高く評価しているが、本田自身も彼の大ファンだった)、98年からは同じ旧ユーゴスラビア代表で、分離独立後はクロアチア代表としてプレーしたボバン(1998フランスW杯で日本代表と戦った際の司令塔。プレースタイル、センス、メンタリティは本田に近いと言われている)、そして01年から10番を背負ったのは、世界で最も美しいパスを出す“マエストロ”(指揮者)と讃えられた天才的パサー、ポルトガル代表のルイ・コスタ(中田英寿がセリエAで活躍していた頃、彼の華麗なプレーをテレビで見て、悔しいけれどレベルが違う!と唸ったものだ)……このように数々の栄光に彩られ、世界中の子どもたちから憧れの眼差しを浴びる“ミランの10番”、その価値と重みは特別なものだ。それをアジア人として初めて日本人選手が身に着けるのだから、当然、本田に対する世界的注目度もCSKAモスクワ時代とは比較にならないくらいに高いはずだし、今期セリエAで低迷が続くミランの救世主として、彼にかかる期待と重圧は半端なものではないだろう。

だが、そうしたプレッシャーや厳しい状況も前へ進む力に変えて成長し続けてきたのが本田の本田たる所以。本拠地サン・シーロの大歓声の中で、さらに大きな飛躍を遂げるに違いない。そして、攻撃の中心として不調のチームを押し上げる原動力となるのはもちろん、自分が叶えた夢を、世界中の多くの子どもたちの夢に変えて、新たな10番の歴史を刻んでほしいと思う。
 
(やっぱイタリアに行こうか、マジで……再来年あたり。生きてればだけど)

2013/12/08

ムカムカとワクワク


昨日の「ムカムカ」と「ワクワク」が、未だに続いている日曜日。

“ムカムカ”はもちろん「特定秘密保護法」が自公両与党の賛成多数で可決、成立したこと。

保護法のイミフな中身もさることながら、安倍政権の横暴なやり方について、多くのメディアが言うように、私も広義の意味で「民主主義の危機(崩壊?)」を感じつつ、腹が立つことこの上ないが、“民主的選挙”で圧勝した与党側からは「国民が求める《決められる政治》を実践しただけ」というような世論を無視した居直り発言(&高笑い)も聞こえてきそうで、今後の憲法改正問題も含め、ただムカついてばかりもいられない。

ともかく現在的に、「特定秘密保護法」の問題だけでなく、日本が多くの先進国のようにグローバル化と民主主義の両立の可能性に心を砕いている風でもないし(今回の連続的な強行採決などを見ていると、日本という国がグローバル資本主義の潮流に乗ってあっさり無自覚に「国民主権」を捨て去ろうとしているように思える)、沖縄も尖閣も日中・日韓関係も呆れるほど硬直的で戦略の基本&方向性が見えないし、合法的なデモをテロ呼ばわりする政治家(“キモカワ”転じて“キモい”だけの石破幹事長)が権力中枢にいるような国だし、選挙の後はすべて政治家に任せてブーたれるだけの国民性は不変だし……というわけで、平和主義と一体になった戦後民主主義の危機を憂える前に、そもそも日本は民主主義社会なのだろうか?という根本の問題から考え直すほかないような気がする。

 
で、“ワクワク”は、サッカーW杯の対戦相手が決定したこと。

ブラジル、スペイン、ドイツなどの強豪国と同じ組に入る可能性もあっただけに、組み合わせ的にはまずまずの結果、3試合とも拮抗した好ゲームが期待できそうだ。(当然、3連敗もあり得ることですが)
ということで、対戦相手を少し見てみると……

まず、最も勝つのが難しい相手と目される南米の強豪「コロンビア」。チームの大黒柱は、世界最高のストライカーの一人「ファルカオ」、私も彼のゴールシーンを何度も見ているが、そのスピード感溢れるダイナミックなプレイを日本のディフェンダーが止めることはできないと思う。また、南米のチームでありながら、欧州型サッカーへの脱皮を図ったように守備も堅い。そのチームを率いるのは、一時期、日本代表監督候補としても名が挙がったことのある世界的名将「ぺケルマン」。引き分けることができれば御の字だろう。(グループリーグの大勢がほぼ決している第3戦の相手で良かった!)

続いて、一番大事な初戦の相手、アフリカの強豪「コートジボアール」。チームの顔は35歳になった絶対エース「ドログバ」と、プレミアの強豪「マンチェスター・シティ」で活躍する30歳のMF「ヤヤ・トゥーレ」。現時点のネームバリューは香川や本田より明らかに上だが、年齢的な衰えも多少あるだろうし、実力的に名前負けすることはないはず。とはいえ選手個々の身体能力の高さは日本を上回るものだし、圧倒される局面もあると思う。特に、アフリカ勢特有の攻撃リズムや動きに目が慣れないゲーム開始直後は、最大限の注意を払って不用意な失点だけは避けたいもの。相手の動きに慣れてくれば、日本のアジリティ(俊敏性)・連動性によってゲームを支配することは十分に可能だろうし、何とか引き分け以上で第2戦につなげたいところ。

最後に、「ココは勝ちたい、否、勝たねば!」という第2戦の相手、強豪ではないが強敵かもしれない「ギリシャ」。特別に有名な選手もいないし、正直な所ほとんど知らないが、欧州予選の戦績を見る限り、試合運びがうまく安定感のある「堅守」のチームのようだ。ただ、攻撃力では日本が上(のはず)。穴らしい穴のない、日本にとって戦いにくい相手のような気もするが、何とか本田・香川を中心に「堅守」を打ち破ってゴールを重ねてもらいたい。

というわけで、私的に悲観的な予想は2分け1敗で予選敗退。楽観的な予想は21分けでグループリーグ1位通過……
最終的に「ベスト8」に入ってくれれば超ウレシイが、たとえ日本代表の戦いが残念な結果に終わっても、優勝チーム決定の瞬間まで、サッカーの魅力に酔いしれながら、世界の祭典を楽しみたいものです。(嗚呼、来年の6月が待ち遠しい)

 

2013/12/01

帰り来ぬ青春


一昨日の夜8時過ぎ、40年来の友の死を告げる電話あり。

旧知の友は高校の同級生。今は年に数回会って楽しく語り合う飲み仲間の一人、つい最近も高校のクラス会で会ったばかりだ。
その時は至極元気そうだったのに、ナゼ?と知らせてくれた友人に尋ねたら、心臓発作による突然死とのこと……絶句と溜息が交錯し、しばし、思考停止。

そのまま見るともなくテレビのニュース番組に目を向けていたら、デビュー45周年記念コンサート(日比谷野音)を控えた“フォークの神様”岡林信康のインタビュー映像に続いて、そのリハーサル風景が流れた。久しぶりに聴く『君に捧げるラブソング』。ふいに胸が熱くなった。

高校時代……彼は見るからに真面目で精神的安定感漂う優しく穏やかな生徒。人生投げやり気味の私とは真逆の正しい道を歩んでいる印象だったが、何故か馬が合い、一緒にいるのが楽しく心地よかった。

当時、吉祥寺にあった彼の家にも誘われるままよく遊びに行った。そこは、彼の温厚な性格が頷けるような裕福で文化的な空間……自らサイフォンで淹れてくれた“ブルーマウンテン”を飲みながら(初めて知った本格コーヒーの味)、フォーク、ジャズ、シャンソン、ボサノバなどたくさんのレコードが整然と置かれている部屋で、彼のベッドに腰掛けながら六文銭、泉谷しげる、遠藤賢司など流行りのフォークや、ビル・エバンス、セロニアス・モンク、ジョン・コルトレーンなどのジャズ・ナンバー、そして、心に沁みるシャンソンを聴きながら少し痛く切なくも甘やかな青春のひと時を過ごさせてもらった。

明日の夕方、訣れの場に行くが、いま、彼に伝えたいのは、本当に、精神的に世話になったという感謝の思い。

二人でよく聴いた思い出の曲を、天国に旅立つ彼の元へ届けたい。

ジルベール・ベコー「そして今は」

シャルル・アズナブール「帰り来ぬ青春」