2012/05/30

心酔わせる名匠の離れ業



社会の片隅で生きる人々のつつましい連帯と隣人愛、最小限のセリフの合間にきらりと光るユーモア、さり気ない人情と善意が織り成す豊かな情景、そして忘れえぬハッピー・エンディング……

渋谷ユーロ・スペースで観た映画『ル・アーヴルの靴みがき』は、EU圏に重く横たわる不法移民問題に材を取りながら、北フランスの小さな港町を舞台に、その裏通りに暮らす人々の人間模様を描いた名匠アキ・カウリスマキの新作だ(前作『街のあかり』から5年ぶり)

その印象を一言で言えば、とても「地味」な作品(タイトルも地味ですが)。映画的に期待するような派手な事件などは起らない。目を奪われる美男も美女も登場しない。それどころか登場人物は皆、感情を出すのを忘れたかのように素っ気ない表情……でも、何故か観ているうちに世知辛い世間からちょっとずれて生きている人々が醸し出す、優しさとユーモアと愛らしさに魅了されていくから不思議だ。常に弱者に寄り添う低い目線で世の中を見つめてきた監督ならではの演出術ということなのだろうか。悪人らしい悪人も出てこない。

その分、酒とレトロな音楽(古いロックンロール)、哀愁漂う風景&抑えた色調の室内装飾など、独特のセンスでえも言われぬ情緒を醸し出すカウリスマキ・ワールドは全開。衣装や小道具も印象的だ。カフカの短編集、店先のパイナップル、慎ましく皿にのるオムレツ、妻の黄色いワンピース、満開の小さな桜の木……これから長い月日を経ても、すぐに記憶の中から取り出すことができると思えるほど、目に焼きついて離れないシーンの連続。私は“大酒飲み&ヘビースモーカーの名匠”の魔法に掛かって、すっかり気持ちよく酔わされてしまった。

しかし、ベロンベロンで撮影現場に現れて、こんなに粋で温かい映画を作ってしまうとは本当に何という監督だろう。「不法移民問題」というヘビーな題材を扱ったにも関らず、庶民の心根とも言うべき“静かな抵抗精神”を温かく描きながら、極上の癒やし系作品に仕立ててしまう離れ業……“ファン”と言えるほど多くの作品に接していない私を含め、きっと多くの人が改めて「アキ・カウリスマキ」という稀有な存在を心に留めておきたくなる一作。ぜひ、至福の時を劇場で。

2012/05/27

馬敗れて草原あり



 激戦の余韻を漂わせるターフを見つめながら、ふと寺山修司のエッセイのタイトルが頭に浮かんだ。

競走馬にとって生涯ただ一度、3歳の春だけ出走が許されるレース……2012年のダービーを制した“最も幸運な馬”は「ディープブリランテ」。馬名が示すように、あのディープインパクトの仔どもだ。“ブリランテ”はイタリア語で「輝く」「きらめく」という意味。

晴れてダービージョッキーとなった岩田康誠は、3歳馬の頂点を極めた愛馬の背を撫でながら、馬上で伏して泣いていた。(この時点で、自分が応援していた馬のことは、どうでもよくなってしまった)

これぞダービー……良かったなあ、岩田!と、テレビ画面に向かって声をかけたくなるほど、胸に沁みる美しい光景だった。

やはり“ただ一度のもの”が私は好きだ。

「最も幸運な馬」は、誰だ?



 今日、府中にある東京競馬場で競馬の祭典・日本ダービー(東京優駿)が行われる。

普段あまり競馬をやらなくても「ダービーだけは!」と、懐が痛まない程度の馬券を買ってテレビ観戦を楽しむという人も多いに違いない。

斯く言う私もその一人。特に今年は、数少ない趣味の一つである仲間内のPOG(ペーパー・オーナー・ゲーム)で所有している2頭の出走が叶い、楽しみも人一倍、朝から少しワクワクしている。まあ、所有馬の能力や育成に対して何ら責任を負わないただの“仮想馬主”だが、去年6月の「ドラフト会議(参加者がそれぞれの所有希望馬10頭を選択する会議)」から一年間、その成長を期待しつつデビュー戦から見守ってきたので心情的には“愛馬”同然。とにかく善戦を祈るのみ……と、観戦料&願掛けのつもりで馬券も少々買ってみた。

その2頭の名は、「スピルバーグ」&「クラレント」。前者は誰もが知っている映画監督の名前、後者は伝説上の王「アーサー」の重宝()が馬名の由来。両馬とも戦績的に前評判はあまり高くないようだが(当然、馬券的にも人気薄)、人生と同じで何が起るか分からないのが競馬、ましてや「最も幸運な馬が勝つ」と謳われるダービー……ゴールドシップ(金の船)、ワールドエース(世界のエース)といった人気馬に大金を賭けて応援している人には申し訳ないが、ぜひ大方の予想を裏切るような走りを見せて世間を驚かせてほしいものだ。(あわよくば私のサイフも潤ってほしい)

発走は、午後340分。選び抜かれた18頭の優駿の背に儚くも熱い夢を乗せ、今年も緑のターフから悲喜こもごものドラマが生まれる。


2012/05/25

陽射しに誘われ「ソラマチ」へ。



 昨日(24)は天気も良かったので、ちょっと遠出。いま話題の「東京ソラマチ」へ。

スカイツリー自体の入場券を持っていたわけではないが、仕事柄、流行りのスポットを覗いてみるのも悪くはないと、空の青さにつられて腰を上げた次第。

ソラマチと直通通路で結ばれている「東京スカイツリー駅」に着いたのは昼過ぎ。オープン3日目、当然の如く行き交う人の数は多いが、ここでも家族連れや若いカップル以上に中高年の人たちの姿がやたら目に付く。傍から見れば私もその一人、お互い元気で暇だよなあ……と胸の中で呟きながら、楽しげな人の流れに身を任せた。

で、見学前にまずは腹ごしらえと、67Fのレストランフロア「Solamachi Dining」へ向かったが、うな重()4095円の「前川」以外は何処も長い列……少し時間をずらそうと思い直して施設内にある「すみだ水族館」へ。水族館好きの私としては是非押さえておきたいポイントだったので、とりあえず来た甲斐ありとテンションUP。待ち時間もなくスムーズに入館できた。だが、小笠原の海をイメージしたという館内は思いのほかスケール感に乏しく、仄かなブルーの照明以外あまりコンセプトが感じられない“しょぼい”空間。おまけに、展示の目玉であるはずの「シロワニ」(白いワニではなくサメ)は、体調不良のため静養中とのことで水槽内に見当たらず、入場時のテンションは一気に急降下。数少ない大きな魚と数多い小さな魚&マゼラン・ペンギンで満足できる人はいいだろうが、これで入場料2000円は高いよなあ~……と文句を言いたくなるほど満足度の低い水族館だった。もちろん、リピーターになるつもりはない。

遅めのランチは「たまひで いちの」(7F)の親子丼。人形町「玉ひで」の姉妹店ということだが、「玉ひで」の親子丼ってこんなんだった?と首を傾げるくらい卵のトロトロ感もなくイマイチな味。故に、この店も「玉ひで」も美味しい味覚の記憶からは削除する方向で……。
そして、ソラマチ見学の〆は、コニカミノルタプラネタリウム「天空」。座席もゆったりしていて心地よい空間だったが、江戸の町並みと400年前の星空を見ているうちに、ただの“寝たリウム”になってしまった。

というわけで、雑貨のショップ等に微かな下町情緒を感じたものの、総じて残念な事だらけのソラマチ見学……帰りがてら2Fの「フードマルシェ」に出店している「北野エース」で、ウチ用の土産に“満腹どら焼き”を買い求め、当分ここに来る気は起きないだろうなあと思いつつ家路を急いだが、さすがに疲れた。

で、今日“どら焼き”というより“餡子のおにぎり”のような「満腹どら焼き」を昼メシ代わりに食べたのだが、昨日から続く負の連鎖なのだろうか、胸焼けが今も続いている。



2012/05/17

ロックなドラマは不人気ですが……



歴史的低視聴率ドラマ『家族のうた』が、当初の予定(11回連続)を繰り上げ第8回で終了になるらしい(事実上の打ち切り決定)。“面白い!”とオススメした当方としては勘弁してもらいたいなあという気持ちだが、ここまで数字が低い(5回分の平均視聴率約4%)とスポンサー(花王)も容認できないだろうし、残念だが無理からぬ話。

で、その“低視聴率”の理由を考えてみた。

①タイトルが平凡……ドラマ内容に対する警戒心を抱かせないための“平凡さ”かもしれないが、局の弱腰を感じる気合抜けしたタイトル。これでは視聴者に響かない。何気に観た人もロック&コミカルな内容とのギャップに戸惑っただけでは?
②オダギリジョー……煙草スパスパ、瓶ビール“ラッパ飲み”、不思議なヘアスタイル&ド派手な革ジャンという濃すぎるキャラ(というか反社会的なキャラ)が、日曜の夜を寛ぐ“家族層”には違和感を覚えるのではないか(私は好きな俳優ですが)。役者の選択ミスというより曜日の選択を間違えた気がする。(第二の「マルモのおきて」を狙ったのだろうが)
③「ロック」が不可解……番組の中で早川正義(オダギリジョー)に、「キース・リチャーズ」をはじめ、有名なロック・ミュージシャンたちの名言を語らせても、その人物を知らなければ感情移入しにくいし言葉も活きない。ほとんどの視聴者が“ロックな名言”をストーリーと関連できず、逆に“独りよがり”と少しウザく思ったのではないだろうか。(「おまえちっちゃいなあ」から始まるお馴染み“ミジンコ説教タイム”も効果半減)
④ネット社会……“歴史的低視聴率”というネガティブな話題だけがネット上を駆け巡り、一気に視聴意欲を損なわせた。大勢の人が支持しない(あるいは大多数に無視される)ものに、わざわざ時間を割く気にならないのが、今の視聴者心理というもの。特に初回の6.1%が痛かった。

以上、色々と思うところはあるが、本音を言えば「視聴率なんてクソ喰らえ!」。タイトルは別にして、「オダギリジョー」も「ロック的なアイテム」も「突然の家族たち(可愛い子供と爺さん)」も「ミジンコ説教タイム」も、私には違和感なく溶け合うベストなマッチングに思えるし、世間常識から逸脱した“アンチヒーロー”に触発される開放感&発せられるメッセージの小気味よさを十分に味わえるホットなドラマだと思うので、残り3回、意地でも楽しく見とどけるつもり。

※「リーガル・ハイ」も視聴率は落ちているようだけど、かなり面白い!


2012/05/12

ナウシカを観た夜に。


その者、蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。

心の奥深く刻まれる言葉と今も眼に焼きつく感動のラストシーン……いつ観ても、何度観ても、ナウシカは素晴らしい。自然と人間、愛と憎しみ、戦争と平和、平等と差別など、私たちの前に横たわる普遍的かつ現在的なテーマを描きながらエンターテインメントとして成立させる圧倒的な制作力にも感嘆させられる。もう、これほどのアニメ作品に私が出会うことはないだろうなあ……と、改めて『コクリコ坂から』他、ここ10年くらいのジブリの“苦闘”を観て思うのだが、2013年劇場公開が噂されている新作は、果たして如何に?

さて、地上波で『風の谷のナウシカ』を観た夜、ふと、昔読んだ一篇の詩を思い出して、本棚に仕舞いっ放しの『現代詩手帖』(特集=戦後詩の10篇、197810月号)を久しぶりに捲ってみた。
詩の題名は「われらの五月の夜の歌」、書いた詩人の名は「三好豊一郎」――戦後詩の原点とも言われる同人詩誌『荒地』の創立メンバーの一人(故人)。「われらの五月の夜の歌」は昭和20年代に荒地誌上に発表された詩だが、私にとってはナウシカと同じように普遍的なテーマの存在と限りないイメージの力を感じさせてくれる“一篇”。その卓越したメタファーによって浮かび上がる世界は、60年経った今も色褪せてはいない。



地球はささえられている 千の手に千の苦痛に
地球はとらえられている 万の手に万の不安に
地球はとざされている 億の手に億の怖れに
地球はただよっている おびただしい欠乏と不毛と荒廃の闘争のうえに

われらの耳は泥のなかに眠る
われらの眼は夜のなかにめざめる
われらの髪は風のなかにみだれる
風はわれらの眠る石のうえを吹く
石の上の黄金境(エルドラド)
廃墟の橄欖樹(オリーブ)
墓堀人夫の黄色い爪――
彼女は鏡のなか  
水底に堆積する永劫の朽葉の間に眠る
欲望は囚われた夢の間を泳ぐ不安な魚である

樹々はすすりないている
彼女は遠く呼んでいる
私は身近にこたえている
風が大声でそれを消してゆく
彼女は胸の奥に小さな塩壺をかくしている
私は大きなコップににがい酒をもっている
彼女の塩壺に 私は一滴の酒をそそぐ
それは恍惚の水晶 恋の腕輪
暗黒の夜に豊醇な香を放つ可憐な花となる
われらは相抱いて地球の落ち窪んだ灰色の陰部に眠る

夏の地平線は緋の色に燃えている
それは飢えと渇きと倦怠と腐敗の季節である
われらはかえるべき故郷をもたぬ
沙漠の海に日かげをさがす生贄の東洋
古びた甲冑 そして二人の恋人
われらは一人の友を失った
酷薄な深淵のうえを追われる愉快な山雀
未来につきだした蒼ざめた首 そして多くの同類
盲目の運命の縞模様がその額に入墨した不滅の十字架
そしてもし、なお残されてあるとしたならば
それは破滅への信頼である 
復活への信仰である

われらの咽喉は清冽な泉を求める
われらの手はさわやかな五月の夜空を撫でる
われらの胸のなかに めいめいの世界と
めいめいのよき未来を抱いて眠る
風はわれらの夢
虚空にかかる苦悩の虹を吹く
大地を制し 太陽を制し われらの希望を制す 夜の鳥の重い翼
死はわれらの幻映よりも大きく
沈黙は海よりも深い……
              (三好豊一郎『われらの五月の夜の歌』)

2012/05/07

連休中のアレコレ


昨日(6)でゴールデンウイークも終了。といっても個人的には大した予定もなく、世間の賑わいを遠くに感じながら趣味本や漫画を読んだり、友人が送ってくれた“俳句”を味わったり、サッカー映像&記事をチェックしたり、大リーグのダルビッシュを観戦したり、TV&映画DVDに興じたり……ブログも更新せずに妙に間延びした日々を過ごしてしまった感じ。自堕落、悪しからず。

さて、まずは漫画の話から。

先日(2)、本当に久しぶりにコミック雑誌(ビッグコミックオリジナル)を買ってしまった。目当ては唯ひとつ、『MASTERキートンReマスター』……浦沢直樹の名作『MASTERキートン』が、20年後のキートンを描く“Reマスター”として復活したという新聞広告を目にし、数ある浦沢マンガの中でも『MASTERキートン』イチ押しの私としては「単行本を待っている場合じゃない!」と急いで駅の売店へ。でも、実際に“復活”したのは2ヶ月ほど前らしく、私が読んだのは第2話……内容は、クロアチア紛争に纏わる少しヘビーなヒューマンストーリーだが、相変わらずの渋いテイスト&心地よい読後感(サッカー好きが思わずニヤリのネタもあり)。第3話は820日発売号に載るそうだ。もちろん見逃せないが、浦沢直樹、待たせ過ぎ。

続いて、DVDで見た韓国映画『素晴らしい一日』は、日本の作家・平安寿子の同名小説を映画化したノーバイオレンスなロードムービー……貸していたお金の返済を迫るため、競馬場で遊んでいる元カレのもとへ直談判に行った女性が、成り行きでその彼と“お金を工面するため”共に行動するハメになった一日を淡淡と描いた作品。ほとんど2人のやり取りで進行する“会話劇”だが、能天気な男の態度に腹を立てながらも、時とともに何故か癒やされるように変化していく女性の表情が見もの。途中、哀愁を帯びたソウルの街並に酔わされて少し眠くなったが、ジャズのBGMも効いていて気分良く楽しめた。で、主演の木村佳乃&深津絵里似?の女優さん、凄いなあ、うまいなあと感心していたら「チョン・ドヨン」という韓国を代表する演技派女優だそうだ。好んでバイオレンス系ばかり見ているとこういう女優の存在を見過ごしてしまうんだなあ……と少し反省。ついでに、彼女がカンヌで主演女優賞を取った『シークレット・サンシャイン』も見るつもり。

テレビはこの間けっこう見ていたが、まずは金曜(4)NHK BSプレミアムでやっていた『沢田研二ライブ20112012・日本武道館公演アンコール』。沢田研二の呼びかけで集まった「ザ・タイガース」の解散時メンバー4人による全国ツアー最終日(2012124)の模様を、参加メンバーの現在の心境やツアーに至るまでの紆余曲折も含めて収録・編集した番組だが、その柱は何と言っても「沢田研二」……すっかり太っちまって、その容姿に世の女性たちを熱狂させた昔の面影はあまり残っていないが、やはりジュリーの歌は格別。40年という長い時を経て表現者としてのスタンスもより広く自由に解き放たれたようで、思わず画面に向かって拍手をしたほど見ているコチラまで“解放感”に包まれ嬉しくなってしまった。突き抜けてカッコイイ昔のジュリーも良いが、風貌的にも人間的にもグッと厚みを増した今の「沢田研二」の方が私にはずっと魅力的に映る。ホント、見習いたいくらい素直で元気でハートフルな“いいオヤジ”になったなあ……と思う。
一徳兄さん、森本太郎、瞳みのる(なんとあの“ピー”が解散後は慶応高校の教師に転進、現在は北京に移り住み中国語の研究者として日中文化交流に尽力しつつ執筆活動を行っているらしい)の面々も真剣かつ楽しげに歌い弾けていて(加橋かつみは何処?)、テレビじゃなく武道館で観たかったと思えるほど大満足の1時間半。ライブ途中、兄に支えられながら病床から駆けつけた「岸部シロー」が、ビージーズの美しい曲『若葉のころ』をかすれ声で懸命に歌った時は、目頭がかなりヤバイ状況になってしまったが、それも含めて胸に沁みる夜を過ごさせてもらった。改めて今後の彼らの活動にエールを送りたい。

で、ラストに書こうと思った視聴率続落の『家族のうた』の話は、後日また……