2011/11/25

上野の蕎麦屋と「ナムアミダブツ」


昨日は、「法然と親鸞 ゆかりの名宝展」を見に上野へ。

昼近くに家を出たので、まずは腹ごしらえ……名宝展の会場である東京国立博物館とは方向が違うが、上野に来たらココ!と決めている蕎麦屋『おきな庵』に直行。いつもどおり「ねぎせいろ()」を注文した。恐らく、蕎麦通なら「こんなの蕎麦じゃない」と文句を言いそうな、緑がかった細めの長い蕎麦(もちろん手打ちではない)。それを、刻んだイカゲソ入りのかき揚げと長ネギが浮かんでいる甘くて温かいつゆで頂くのだが、これが何故かたまらなく美味しい。しばらく食べていないと恋しくなる懐かしい味なのだ。

ということで、ほぼ一年ぶりの「ねぎせいろ」。残りのつゆも蕎麦湯で割って飲み干し、ここで昼メシを喰えば、上野に来た目的の半分は終わったようなもの……と、東京スカイツリーを後ろに見ながら、再び駅方面へ踝を返し「東京国立博物館」まで足を運んだ。

平日なので、会場の混み具合はソコソコ。じっくり見させてもらおうとイヤホンガイドを借りて入場したが、中高年の人が多いせいかなかなか前へ進めない。それでも約1時間半、宗教に疎い私が飽きもせずに鑑賞できたのは、「絶対他力」「他力本願」の言葉通り、ひたすら南無阿弥陀仏と念仏を唱えれば、誰しもが救われるというシンプルな教えに基づく浄土宗、浄土真宗の寛容さと大衆性に好感を持てたからだろう。

みうらじゅん曰く「鎌倉仏教=念仏ロック」。旧体制の強大なパワーに抗い、乱世に苦しむ人々に“念仏オンリー”の救いの道を示した「法然」は“ロック魂”を持つ僧侶。その魂を受け継ぎ、自分はダメな奴なのだと言い続け、肉食、妻帯も厭わなかった「親鸞」は何でもありの“パンク僧”……そういう視点で展示されている肖像や書物・仏画を見ると、自然に鎌倉仏教に対するシンパシーも湧いてくるというもの。予想外の親鸞の顔の厳しさに驚かされたり、直筆の『教行信証』の剣のような字の鋭さと徹底した推敲の後に凄まじい気迫を感じたり、横尾忠則の絵のルーツのような来迎図に惹かれたり……と勝手な想像&妄想を膨らませながら楽しむことができた。

法然没後800年、親鸞没後750年を記念して催されたこの名宝展、肩肘張らずに自由な感覚で「ナムアミダブツ」の世界に親しんでみれば思わぬ発見もあるだろう。逆にそうじゃないと、何が書かれているかも分からない書物に、延々と目を凝らすだけのシュールな展覧会で終わってしまいそうな気がする。



2011/11/23

秋の夜長は……


こんなミステリー小説を読んで過ごすのもいいなあ。

と、読みおえたジョン・ハートの『川は静かに流れ』(ハヤカワ文庫)の余韻に浸っている。

初めは、重苦しくて読みにくかった(しかも面白そうな展開に思えず……)。だが、読書における我慢はムダにはならない。100頁を過ぎるあたりから、メッシの高速ドリブルのように物語が急加速、後はゴールに向かいまっしぐら……読み応えたっぷりの560頁だった。素直にミステリーの傑作だと思う。

ただ作者自身が「わたしが書くものはスリラーもしくはミステリーの範疇に入るのだろうが、同時に家族をめぐる物語である」と序章で述べているように(「家庭崩壊は豊かな文字を生む土壌である」とも言っている)、この小説は家族の悲劇とその原因を解明していく物語であり、ミステリーの常套である結末の意外性をウリにするようなものではない(もちろん“犯人捜し”はあるけど…)。その点ではミステリー・ファンの期待を少し裏切るかもしれないが、それに勝る“さまざまな人生”を味わうことができるのだからケチのつけようはないはず。
深い人間描写、複雑な人間関係の謎解き、詩情溢れる筆致で語られる回想と追憶……主人公は孤独な探偵でも老練の刑事でもないが、極上のハードボイルド小説を読み終えたような重く深い満足感が残っている。それも作者の筆力によるものだろう。

初版から2年も経っているが、この作家を知ったことは、間違いなく今年の大きな収穫。『ラスト・チャイルド』(ハヤカワ文庫)も面白そうだ。



2011/11/18

深夜食堂


先月末、友人からメールで「火曜の深夜、ぜひ録画してご覧あれ」と強くプッシュされていた『深夜食堂2(TBS火曜2455分~2525)を、十三話から3話分まとめて見た。

最初のタイトルは「あさりの酒蒸し」、苦労人の母と口は悪いが心優しき息子のウルっとくる親子話。アルミの器の中で湯気立つ「あさりの酒蒸し」が実に美味そうで、二人の情愛を象徴しているようだった。
続いて「煮こごり」。煮こごりが大好物の清楚で陰のあるソープ嬢に惚れた弁当屋の店員、その恋の行方は……という人生の良きタイミングを描いた路地裏恋愛譚。いいね、いいね、のハッピーエンド。
十五話の「缶詰」は、生と死の間を感覚が行き来するようなミステリアスなお話。「缶詰」のお題でよくこういうストーリーが生まれるものだなあ、と感心してしまった。「深夜食堂」での出会いがもたらした人生の転機に心の中で拍手しつつ、頭の中はコンビーフやパイナップルでいっぱいに……。

というわけで、旧知の友のオススメ通りの面白さ。なぜ今まで見なかったんだろう?と後悔するほど、味のある、余韻の残る素晴らしいドラマでありました。(当然、毎回録画決定。遅ればせながら原作の漫画『深夜食堂』も読み始めた)

で、何がいいって、とにかく主役の小林薫がいい。NHKの朝ドラの飲んだくれオヤジぶりも見事だが、その居住まい佇まいを見ているだけで、あのカウンターに座って「あさりの酒蒸し」や「煮こごり」を肴に一杯やりたい気分になる。(自分が最初に頼むとしたら、「玉子焼き」かな、やはり)

舞台は昭和の薫り漂う「新宿ゴールデン街」。都会の片隅で、ひっそりと温かい灯を点しつづける「深夜食堂」。思わず懐かしい味の記憶に心を馳せる“ソウルフード”をふるまってくれる店、その人にとって忘れられない思い出の一品から醸し出される人間ドラマ。

その雰囲気だけでも、ぜひ……(少し音が残念ですけど)


2011/11/16

一斉の怒号の中で……日本VS北朝鮮


昨日、22年ぶりに平壌で行われた歴史的な一戦。日本代表の敵地初勝利を期待していたが、国歌斉唱も一斉の怒号にかき消される異様な雰囲気の中、相手の激しい圧力に屈してチャンスらしいチャンスも作れず敗戦を喫した。

正直、スターティングメンバーを見た時から、この面子では厳しいだろうなあ……というイヤな予感はあった。攻撃の主力である香川、遠藤を温存、レギュラーと言えるのは、岡崎、今野、長谷部の3人だけ。最終予選を前に控え組を冷静に試したいというザックの意図は理解できるが、目が血走るほど必死の形相で臨む“捨て身の相手”に立ち向かうには、どう見てもコマ不足。パスは繋がらず、キープも出来ず、ボールを奪っても直ぐにプレスをかけられ前に進めない……控え組のメンタル&フィジカル面の弱さも浮き彫りになった。残念だが、セルジオ越後の“つぶやき”どおり「ベストメンバーでなければこの程度」なのが現状の日本代表の姿かもしれない。

改めて、本田、長友、遠藤、香川といった高いレベルの“個の力”の必要性、その存在の大きさを確認した試合でもあった。

それにしても、観戦後の虚無感というか得体の知れない寂しさはなんだろう?

サッカーの歓びが、悪しき政治体制と過剰なナショナリズムに奪われたような気がするせいだろうか、それとも怒りと憎しみが込められた激しい闘争心に、憎しみを持たない自由な個の闘志が粉砕された虚しさなのだろうか。

「日本打破!」の歓喜に沸く平壌の映像を見ながら、拉致問題の解決も含め、この国の代表と自由でフェアな雰囲気の中でサッカーを楽しめるようになるのは、いつの日なのだろうと妙な感慨にふけってしまった。

一糸乱れぬ“日本憎しの怒号”が波濤のようにピッチを襲う光景を見る限り、今のまま経済制裁を加えるだけでは、共に歩ける道も共にサッカーで競える日も遥か遠い気がするのだが……


2011/11/10

不穏なTVドラマと不可解なTPP問題


昨夜、日テレのドラマ『家政婦のミタ』を見た。あらゆる感情の表出を拒否するような松嶋菜々子の無表情な演技が妙に面白く新しい。良からぬ事が起きそうな不穏なドラマの雰囲気と同時に、その“良からぬ事”を良き方向に導くような頼もしさを醸し出している……どうやら自分の子供を何かの理由で亡くしたらしいが、それを含めた家族再生の物語なのだろうか。第5話にして初めて観たが、これはハマりそうだ!

さて、そんな『家政婦のミタ』から急激に話を変えて、日夜ニュースで流れているTPP問題……TPPとは、Trans-Pacific Partnership(環太平洋戦略的経済連携協定)の略だが、いま賛成派、反対派の対立が激化しているのは周知のこと。

賛成派は製造業などの輸出企業、反対派は農業関係者、医療関係者など。でも、本当はその背後にいる各々の既得権益者たち(賛成派=経済産業省、経団連・経済同友会などの経済団体、企業から票・献金を受けている政治家、企業と近い関係にある経済学者、反対派=農林水産省、農協などの農業関連団体、医療団体および各団体から票・献金を受けている政治家、農業に関係のある学者・農政研究者)が利害関係者であり、政・官・業・学が、各々の既得権益でつながっていて、それを守ろうとしているのが対立の構図のようだ。

新聞などのマスメディアは、大体TPP参加賛成の方向性。ただそれも、大手輸出企業から莫大な広告費を得ている既得権益者と見なせば、当然の“賛成派宣言”と言えなくもないので、その論調を鵜呑みにすることはできない。(う~ん、厄介だ)

で、国民、消費者だが、私も含めて賛成とも反対とも言えないのが現状ではないだろうか。その理由は、貿易の利害関係者ではなく、自分にとってどんなメリットがあるのか、あるいはデメリットが何かが、まったく見えてこないからだと思う。

まあ、少ない知識と情報で単純に考えると、関税がなくなれば商品が安くなるので我々消費者にはメリットだろう。また、関税という消費者の負担分が政府へ収益として入って既得権益化しているわけだから、それがなくなることは国民の利益にもなるはず。さらに、農業を独占的に支配し巨大コングロマリット化した「農協(JA)」の既得権益を奪い、農業の再生を図りつつ国民の負担を減らすことにもつながるのではないか……とTPP参加のメリットは少なくないような気もするが、反面、食の安全性、医療の平等性、日本企業の海外移転等に伴う産業の空洞化による雇用の縮小、賃金の下落などが懸念されており、それらに政府がどう対処するかも分からないので、容易には判断できない。

とにかく、国民・消費者に対する政府からの情報があまりに少ないのが一番のTPP問題(交渉する分野は24分野にも及ぶそうだ)。参加した場合、私たち国民にどんな利益がもたらされ、逆にどんな負担が生じるかを政府は早急に示すべきだと思う。その上で、もし状況が変化したときにはどんなリスクが起きるのかを語るべきだし、国民の利益に反するようなルール導入には賛成しないという“譲れない一線”を明確に説明する必要があるだろう。
ただでさえTPPに参加すれば、国益に反してもアメリカの主張に追随せざるを得ないのではないかという日本の外交的稚拙さを不安視されている中で、国民にその内容すら説明できないのであれば、アメリカ相手のタフな交渉力など期待しようがないのだから……

と書いている最中にニュースが流れ、明日、野田首相がTPP交渉参加を正式表明するらしい。

国民の立場から見れば、説明不足という点でかなり拙速に思うが、外交的には“遅すぎる決断”なのかもしれない。いずれにしろ参加を決めた以上、今後の積極的な情報開示と“国民の利益”に適ったルール作りという国民、消費者に対する最低限の責務はきちんと果たしてもらいたいと思う。




2011/11/06

雨を見たかい




いま読んでいる小説『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』の中に、こんな一節がある。主人公は中古レコード店の店員……

“なんでもいいと思って棚から抜いたアルバムは、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの『ペンデュラム』。「雨を見たかい」に針を落した”

60年代後半にメジャーデビューし、72年に解散したアメリカのバンドCCRCreedence Clearwater Revival)の「雨を見たかい」……1971年、アルバムからシングルカットされヒットしたカントリー・ロックの名曲だ。日本でも桑田佳祐や氷室京介がカバーしている。

その中で歌われている「晴れた日に降ってくる雨」というのが、当時アメリカがベトナム戦争で無差別投下していた「ナパーム弾」の隠喩ではないかと話題になり、“ベトナム戦争への批判”にあたるとして放送禁止処分にもなったが、「反戦歌」説の正否は不明。それとは別に“CCRの崩壊を示唆した歌”という説もあるし、単なる天気雨のことかもしれない。

雨の日曜日。久しぶりに聴きたくなった。“晴れた日に降ってくる雨”を勝手にイメージしながら… 


2011/11/05

がんばっぺ フラガール!


112():新宿ピカデリー、上映開始1530分。レディースデイにも係らず、席の埋まり具合は2割程度だろうか。テレビのニュースでも度々取り上げられていた割には、映画ファンの関心度はあまり高くないようだ。

東日本大震災から約8ヶ月……震災・復興・原発への人々の関心が薄れているというのではなく、ドキュメンタリー映画に対する取っ付き難さがあるのだと思う。でも、それを振り払えば、自ら被災しながらも復興に力を尽くす人々の姿を追った懸命なカメラワークの成果を観ることができる。

本作は、東日本大震災により甚大な被害を受けた福島・いわき市の大型レジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」(旧・常磐ハワイアンセンター)が、今年101日の部分オープンに漕ぎ着けるまでの日々を、ダンシングチーム(フラダンサーたち)の活動を中心にドキュメンタリーフィルムに納めたもの。(若干、編集の粗っぽさは感じられるが、厳しい撮影環境下、製作から公開までのスケジュールもタイトだったのだろう)

再開に向けた46年ぶりの全国キャラバン。焼け付く人工芝のグラウンドや雨に濡れたステージで裸足のまま笑顔で踊るフラダンサーたち。その逞しさが美しい。いつ来るとも分からない“出番”に備えて日々トレーニングに励むファイヤーダンサーの姿も印象的だ。そしてホテルのスタッフ、そのホテルを避難所にしていた被災者の方々、フラダンサーの家族……“絆”という言葉が頻繁に使われることには少し抵抗を感じるが、ここには“絆”と言うほかない人と人を結ぶ強い思いがある。“一山一家”の精神、未だこの地に衰えずとでも言うべきか。
昭和41年の誕生から46年を経て、再び、いわき市の復興のシンボルとなった現代のフラガールたち。その“笑顔を届ける活動”にエールを送りたい。

ナレーターは、2006年に公開され大ヒットした映画『フラガール』での熱演により女優賞を総なめにした蒼井優。音楽も『フラガール』同様、ジェイク・シマブクロ。ウクレレの優しく穏やかな響きが、5年の時を超え、新たな感動と涙を誘う。